メニュー
ゲストさん
【登録無料】大人のSNSを「はじめよう」同世代の仲間と「つながろう」 TOSHIBA dynabook V82
カテゴリ(歴史)の投稿一覧

知らない町の知らない歴史

単子葉さん
単子葉 さんのブログ [カテゴリ:歴史
2018.9.18 7:41
今日は間違いなく「くるりんバス」に乗ることができました。精華町に向かいました。山峡に入ると、聞いたことのないバス停が続きました。まずは「乾谷」、そして「柘榴」。(乾谷の道標)いぬいだには分かるが柘榴?...
9人がいいねと言っています コメントする

平城京に住む娘の願い

単子葉さん
単子葉 さんのブログ [カテゴリ:歴史
2018.9.10 7:22
平城右京は今の大和郡山市の植槻神社近くに、孤児の娘がいました。(植槻八幡宮)生前の父母は豊かで、幾棟も家や倉を持ち、庭の仏堂には2尺5寸の観音像を安置し、日々供養していました。しかし、聖武天皇の御世に...
5人がいいねと言っています コメントする

大宰府の光景と筑紫歌壇

単子葉さん
単子葉 さんのブログ [カテゴリ:歴史
2018.9.8 7:50
720年代の後半といいますから、神亀4,5年の頃だったでしょうか。中納言大伴旅人は、老妻と晩年の子で幼い家持を連れ、大宰府に旅立ちました。(大伴旅人)旅人は、かつて征隼人持節大将軍として軍を九州に進め...
6人がいいねと言っています コメントする

望郷の多賀城

単子葉さん
単子葉 さんのブログ [カテゴリ:歴史
2018.9.7 7:20
多賀城市に住む姪から便りがあり、古代の陸奥を思いました。多賀城が文献にあらわれるのは、『続日本紀』の天平9年(737)のことで、多賀国府と記されています。平城遷都が710年ですから、おおよその時代背景...
7人がいいねと言っています コメントする

青岸渡寺と補陀落渡海

単子葉さん
単子葉 さんのブログ [カテゴリ:歴史
2018.9.4 7:02
高野山を出て湯の峰温泉に一泊し、翌日は熊野三山に向かいました。まずは那智の大滝を背景にした青岸渡寺です。フランスの作家で政治家のアンドレ・マルローは、那智の大滝に驚嘆しています。(青岸渡寺)「空に向か...
4人がいいねと言っています コメントする

真夏の夜の夢・藤原京から平城京へ

単子葉さん
単子葉 さんのブログ [カテゴリ:歴史
2018.8.30 7:07
中大兄皇子が百済を援けるために軍隊を朝鮮に派遣、白村江で唐・新羅の連合軍に惨敗しました。それから朝鮮半島との交流が途絶え、遣唐使を派遣したのが30年後です。藤原京誕生の前年でした。(藤原京址)日本最初...
5人がいいねと言っています コメント3件を見る

平城京の人々

単子葉さん
単子葉 さんのブログ [カテゴリ:歴史
2018.8.27 7:12
私のマンションから平城京址は指呼の間にあります。朱雀門や大極殿が完成して久しくなります。(大極殿)ところで、平城京をどんな人々が闊歩していたのか、興味を持ちました。『日本の歴史(奈良の都)』中央公論社...
5人がいいねと言っています コメントする

菊水飴の由来

単子葉さん
単子葉 さんのブログ [カテゴリ:歴史
2018.8.26 7:26
湖北木之本に「菅公を育てた菊水飴」があります。上質なもち米でで作った水飴です。駅下がりの老舗で販売していました。(菊水飴)菅公・菅原道真は京都の貴族です。何で湖北に菅公がいるのか疑問に思ってしまいます...
5人がいいねと言っています コメントする

余呉湖の羽衣伝承

単子葉さん
単子葉 さんのブログ [カテゴリ:歴史
2018.8.25 7:12
近江国風土記の記述です。703年(養老7)の出来事でした。余呉湖に8人の天女が白鳥の姿で舞い降り、水浴びをしていました。(余呉湖)山でその姿を見た伊香刀美という男が、天女の美しさに心を奪われ、白い犬に...
9人がいいねと言っています コメントする

唐橋を制する者は天下を制す

単子葉さん
単子葉 さんのブログ [カテゴリ:歴史
2018.8.23 7:08
琵琶湖から唯一流れ出て瀬田川に架かる橋が、「瀬田唐橋」です。(現在の唐橋)標題は、古来政治的に重要な意味を持ってきました。壬申の乱、藤原仲麻呂の乱、源平の争乱、承久の変、そして本能寺の変などの戦乱の重...
5人がいいねと言っています コメント2件を見る