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学問の独立

ショペロさん
2020.10.9 12:18
福沢諭吉は、「学問のすすめ」を書いて、大いに勉強しなさいと言いました。
そういう自分に敬意を払い、人間として独立しましょうと啓もうしました。

福沢は、あらゆる分野の自主独立を説き、とりわけ政治と学問は分立すべきだと言っています。
明治維新に際して、尊王攘夷が大きな流れとなり、日本に来る外人の排斥運動などが起こりましたが、けっきょく、西洋の進んだ技術を取り入れてこそ国が発展するという考え方が支配的になり、その後の日本の針路を決定づけました。

福沢は、尊王攘夷が盛んな頃でも、一部の洋学者が西洋の進歩的な社会の在り方を学んでいたからこそ、その後の富国につながったと言っていて、尊王攘夷を標榜する政治家たちが洋学の流行を排斥せず、長い目で見たことがおおきな力になったと説きます。

つまり、政治は、日常的な事象を対象にして、適宜柔軟な対応を迫られるのにたいし、学問は、長期的な目で物事をとらえ、政治を間違いなく導いていくのが本分だから、そこに政治的な思惑が入ってはならないと、学問の独立を掲げています。

もちろんこういう考え方は福沢独自のものではなく、ルソーやミルや多くのヨーロッパの学者たちが主張してきたことなので、民主主義には欠かせないアイテムになっています。

いま、いろいろ言われている学術会議の人事に政治が介入したことは、そういう学問と政治の峻別に政治家が手を突っ込んできたわけで、福沢たちの考えかたに真っ向から挑戦するものだという意見も出ています。

学問と政治がお互いに敬意をもって接するなら、こういったことはなかなか起こりえないのでは?
中曽根首相は、総理大臣の任命は形式的なことで、学者の先生方で決めてくれたらいいですよと明言していますが、これは中曽根さんが、民主主義社会には、学問に対する一定の敬意が大切なのだと理解していたからだろうと思いますね。

今、議論は、学術会議を行政改革の対象にしようという方向になっています。
政治家が学問の世界に手を突っ込んでとがめられると、文句があるなら勝手にやってくれ、政府とは関係なくするぜと開き直ってしまったわけですね。

ここは、学問と政治の独立について一定の見解を示したうえで、改革が必要なら双方話し合ってすすめるべきでしょう。
当然のことながら、政治家が学問に対して多少とも敬意を払うことが前提ですが。
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