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姨捨山人さんの投稿

ゆっ~くり道草北國街道を歩く-25-番外編その1

姨捨山人さん
姨捨山人 さんのブログ[カテゴリ:寄り道散歩
2021.7.8 15:35
 聖俳と言われる「松尾芭蕉」、俳画の創始者でもある「与謝蕪村」、そして「小林一茶」江戸時代の三大俳人と言われる芭蕉は生涯に千句、蕪村は三千句、一茶の句はなんと二万を超える。その句の一部をこの信濃町柏原を散策しながら巡ってみたいと思います。

 先ず降り立った「黒姫駅」(以前は柏原駅だと記憶しています)から旧北國街道筋の両側を廻ります。駅舎を出た左側にある句はイギリス人、C.W.ニコルの英訳が付いています。(どこまでも続く黒いありの行列。これは、あの入道雲からずっとつながっているのだろうか)
   蟻の道
    雲の峰より
       つゞきけん


 昨年亡くなられたC.W.ニコルさんは黒姫山のふもと「黒姫高原」のアファンの森のメモリアルストーンの下に眠っています。
C.W.ニコルの生涯
https://youtu.be/nyLM48btJbI
C.W.ニコルが眠る場所
https://youtu.be/xo5iVsmkKKo
C.W.ニコル最後の詩〜女優~竹下景子さん朗読による「森の祈り/A Woodland Prayer」
https://youtu.be/3wJZkkwsQ5M
 駅の三番ホームにはおなじみの句碑があります。蠅が手を擦り足を擦って命乞いをしているではないかと、うたっていますが、実際は手足の触覚で触れたものの正体を判断するため手足を研いでいると聞いたことがあります。こうして私は一茶の句を台無しにしています_(_^_)_
   やれ打つな
      蠅が手をすり
          足をする

 駅の裏側の離れた場所に黒姫山をバックに句碑があります。右手には、新潟県の「妙高山」でありますが、北信五岳の内に入れてあり両県民に愛される山です。仏教の世界観の中心にある聖なる山、「須弥山(しゅみせん)」は梵語では「妙高山」とよばれ、妙高山はそこから名付けられました。
   こがらしや
      隣と云うも
         えちご山

 駅前の「ふじのや」は木造2階建、東西棟の切妻造鉄板葺で、一部背面を葺き降ろす。建築面積254㎡。2階は中廊下で、南北各四部屋を並べる。正面には庇をかけ、大きく起る切妻屋根を中央に付けて玄関とする。明治末の旅館の佇まいをよく伝えていることで文化庁の「登録有形文化財」に指定されています。

 ふじやの前の道は「一茶ストリート」といい、沢山の句碑があります。雪がちらちらと降って来た。江戸あたりだと雪を見て冗談の一つも言えるが、ここは雪国の信濃。大変な雪の前にそれどころではないのだ。
   雪ちるや
     おどけもいへぬ
          志なの空



 一茶通りの吉川栄子宅に立っている句碑。民家に立っている句碑は道路から見える位置にあるので、道路から撮らせて頂きました。
   福来たる
     門や野山の
         笑顔

 同じ通りの民家の玄関前に、背中に背負われた幼な子が、大空にこうこうと輝く満月を指して、お月様を取ってくれと、駄々をこねている情景
   名月を
     取ってくれろと
          泣く子かな

 少し離れた草むらに一茶の代表作の一つが立っていました。小動物に並々ならぬ情愛を注ぐ一茶の面目躍如です。
   雀の子
    そこのけそこのけ
          お馬が通る

 廃校になった「柏原小学校」(現在柏原小中学校に統合)グラウンドの隅にこんな句碑がありました。もう一つ、生徒が来ない校門の脇には、小学校に相応しい句碑もありましたが写真を取り損ねました。
記念した句碑だけが残されています。
   雪とけて
     村いっぱいの
         子ども哉

   はつ雪や
     いろはにほへと
          ならふ声


 句碑として町内にあるのか分かりませんでしたが、私のお気に入りの句を少し書いておきます。
   秋風や
    むしりたがりし
         赤い花
 二歳にもならずに死んだわが子の墓参りの途中、赤い花が秋風に揺られ道ばたに咲いている。子供がよくむしりたがったあの花だ。
   露の世は
     露の世ながら
         さりながら
 同じように幼くして亡くなった我が子を前に、この世は露のようにはかないものだとは、かねがね知っていたけれど、それにしても可愛いわが子がこんなにはかなく死んでしまったとは。何という悲しいこの世のはかなさであろうか。「さりながら」の五文字に込められた一茶の逆縁の慟哭が心に迫ってくる。
   はつ袷
    にくまれ盛に
       はやくなれ
(はつあわせ にくまれざかりに はやくなれ)
 前の二句が悲しすぎましたので、長男千太郎が生まれた時の素直な気持ちの句です。初袷を着る時期に生まれた千太郎よ、早く憎まれ口を叩くような年齢にまで成長しておくれ。
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コメント
コキリコさん
コキリコ さんのコメント
2021.7.8 21:07
あれ、ニコルさん、亡くなられたんですか?
 
知らなかった!
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姨捨山人さん
姨捨山人 さんの返信コメント
2021.7.9 20:41
コキリコ さん
こんばんは
イギリス生まれのC.W.ニコルさんは日本の捕鯨船に乗っていた頃から存じ上げていましたが、今は黒姫高原のアファンの森、日本に骨を埋められました。
年も違わないニコルさんには強い近親感を持っていただけに残念でした。
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雪豹さん
雪豹 さんのコメント
2021.7.8 18:37
一茶の句もこうして拝読しますと、しみじみと味わえるものですね(^^♪

575の17文字だけですが、そこに込められている心の奥が見えてきます。

私も17文字でなく一日一首で31文字ですが、寝る前に日記代わりにその
日の出来事を書き留めています(^^♪
誰も読んではくれないと思いますが、この先寝たきりになったときなど、読み返すと
過去が蘇ってくるかもと、そんな気持ちからですけど(^^♪
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姨捨山人さん
姨捨山人 さんの返信コメント
2021.7.8 19:36
雪豹 さん
こんばんは!
雪豹さんの作品は読ませてもらってはいますが、作句は苦手でコメントも出来ず申し訳なく思っています。
三日坊主の私には真似が出来ませんが、毎日句が出来るのには感心しています。
1人がいいねと言っています
柚月さん
柚月 さんのコメント
2021.7.8 17:12
姨捨山人さん♪ こんにちは♪
きょうの一茶の句は知っているのが多かったです。
二万句以上もあるのですか。
「雪ちるやおどけもいへぬ志なの空」
その時の一茶の心情、その辺りの風景がとってもよく分かりますね。
今は情報時代ですから日本の隅々まで映像で知ることができますけれど
昔は目で確かめて肌で感じないと分からなかったことがほとんどだったでしょうから。
「はつ袷にくまれ盛にはやくなれ」うれしそうな句ですよね♪
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姨捨山人さん
姨捨山人 さんの返信コメント
2021.7.8 17:35
柚月 さん
こんにちは
一茶の句は優しく分り易い句が多いように思われますが、その裏には幼くして母を亡くし、継母との軋轢、十五で江戸に奉公。その後継母や弟との遺産争い、晩婚でしたが子をもうけても幼くして皆亡くすという試練に会いながら、農家の長男でありながら世間では道楽の俳諧などに現を抜かす一茶を受け入れてはくれず、晩年になってようやく世間に俳諧師として認めてもらいましたが不幸続きの人生でした。
私も一茶の生きた背景を感じながら句を観賞しています。
1人がいいねと言っています
ビッグパパさん
ビッグパパ さんのコメント
2021.7.8 15:56
与謝蕪村生誕の地は、我が家から自転車で30分ほどの、淀川を渡ったところにあります。
現在では、大阪市都島区毛馬町になりますが、その時代では毛馬村になっていたと思います。
1人がいいねと言っています
姨捨山人さん
姨捨山人 さんの返信コメント
2021.7.8 16:47
ビッグパパ さん
初めまして。
貴重な写真ありがとうございます。
   春風や
    堤長うして
       家遠し
奉公に出た娘さんが藪入りで家に急ぐ情景が目に浮かびます。
1人がいいねと言っています
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