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ゆっ~くり道草北國街道を歩く-29-2

姨捨山人さん
姨捨山人 さんのブログ[カテゴリ:寄り道散歩
2021.7.25 20:28
 神社を離れ、北側の「関山宝蔵院跡地」旧関山宝蔵院庭園(国指定名勝)へ向かいます。よく整備された庭園で、妙高山を借景に南北に広がる池の中央に滝を配しています。


 将軍家より所領100石と妙高山、茶臼嶽、神奈山、火打山、不動山を朱印地として認められた領主でもありました。庭園に残る「要石(沓脱石)」は「夏至に不動山、冬至に赤倉山に太陽が沈む間が宝蔵院領である」と伝承されています。

 庭園の上に小さな五輪塔が集められています。是も宝蔵院が信長の兵に攻められた時の僧兵の供養塔でしょう。近くには単独の五輪塔もありました。



 文明10年(1478)ここを訪れた連歌師宗祇の「水にすむ心やみ山あきの庭」の句碑があります。

 宝蔵院跡を後にして、街道を進みます。珍しく茅葺き屋根の山門「慈雲寺」がありますが、真宗大谷派の寺院である以外は何も分かりませんでした。

 宿場のはずれの街道には、お決まりの「馬頭観世音」大事に小さなお堂の中に納まっています。三面六臂、憤怒型のお顔の観音様が普通ですが、ここの観音様は「穏やかなお顔」です。お馬の供養や感謝の気持ちで作ったのであれば、私はこちらの方が好きです。


 街道のあちこちで見た茅葺きの屋根をトタンで覆った旧家の民家。街道の中央または傍に「消雪パイプ」。北信濃から新潟にかけて設置されています。道路に埋め込んだパイプから路上に設置したノズルを通して路面へ地下水を散布する除雪・融雪・路面凍結防止装置があります。


 国道18号線と交差する直前に「北沢一里塚」。関川宿から新井宿までの8つの宿場を通る街道を「中山道(なかやまみち)」と呼んで街道一の景色の良い所とされていました。
植えられた榎、松、杉は旅人の目安になり、木陰で弁当をひろげ、運輸業者には運賃の目安ににもなったのでしょう。

 奥には街道筋とは関係ありませんが「泉縄文公園」付近から出土した土器などからこの公園は作られました。訪れた時は広大な敷地に太古の神秘のムードが漂うストーンサークルや時空ひろばに誰もおりませんでした。おかげで太古の昔の太陽や木や風が、神であり友であった頃に思いを馳せることが出来ました。


 国道を突っ切り先へすすみます。各家々には雪下ろしの梯子が架けられ一階は車庫などに利用され、二階が玄関の家が多くなります。


 旅人を見守っていたであろう「覺願寺」本堂の屋根の形はこの地方独特のものであろうか?


 どうしても目が行ってしまう、ノッポ消火栓。小さな祠の村のはずれのお地蔵さん。泉縄文公園周辺などで出土した耳飾り、石棒、土偶など。壺などの実用的なものに対して縄文人の精神文化の高さに驚かされます。廃校になった片貝小学校を利用して「片貝縄文資料館」が建てられています。



 その先には「片貝の筆塚」があります。津藩の槍指南役であった浪人中の公田親子が江戸後期に寺子屋を開き、村人に文字や詩歌を教えた徳をたたえ公民館前に立つ。塚の来歴が分かるのは珍しいと思います。

 片貝川の橋を渡り、しばらく行くと左に「馬洗場の大石」があります。自然石を棚状に削り小さな馬頭観音3体が安置されています。「道中絵図」に“此所ニ木曽義仲ノ太刀割ノ石アリ”とあり、近くに「石割」の地名が残っています。

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