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酔どれアンコウさんの投稿

コレはスローでも 3回目くらいかな? (長いです、)

酔どれアンコウさん
2021.9.26 12:30
この時季が来ると 書こうかなと 思う事がある、
台風情報に 触発されての事、

この映画を観た方も多いと思います。
●飢餓海峡水上勉の同名推理小説を内田吐夢が映画化。「砂の器」と並び、日本映画の傑作と称される。東映が監督に無断で編集した167分版と、監督自身の手による183分の完全版がある。昭和22年に青函連絡船沈没事故と北海道岩内での大規模火災が同時に起きる。火災は質屋の店主を殺害し金品を奪った犯人による放火と判明。
この小説も年代に差異はあるがモチーフにはなっているのだろうか?


夏の暑い時季は多くの野鳥は北海道にワタリ、伴侶を見つけて、
子育てをする、雛も親から色々と教わり秋になると本州に帰る、
幼鳥達には初めての試練なのだ、洋上を渡って本州に帰って来る、

キビタキもやはり 北海道で夏を送り 秋に本州に帰る野鳥である、
フルサイズボディーじゃや無いから解像は悪いですが気に入ったキビタキ写真2枚(オスです)


毎回このキビタキ船長の話を掲載させて頂くにあたり申し添えている事は、決して私は動物愛護 とか 愛鳥 とかの立場で以下の文章を引用させて頂いている訳ではありませんので誤解がございません様にお願い致します。

●「キビタキ船長」 このスローでもコレで3度目かな?
>>キビタキは夜渡るのが得意な小鳥です。昭和29年(1954年)9月25日、青函連絡船洞爺丸が台風による暴風によって沈没、千人を超える犠牲者を出しました。いわゆる洞爺丸台風の惨事です。
ちょうどこの時、夏を北海道で過ごしたキビタキたちは子供たちを連れて津軽海峡を南下していました。さすがのキビタキたちも突然向きを変える台風を予測できなかったようです。
この時代、津軽海峡ではイカ漁が盛んで、津軽海峡は毎夜漁り火でにぎわっていました。そんな漁り火の中に青森の田畑船長のイカ釣り船がありました。海が荒れ始めて、全てのイカ釣り船は漁をあきらめて集魚灯を消し、船具を片づけると、母港を目指しました。田畑船長も母港のある下北半島を目指してフルスピードです。
波が船首を激しく打ちつけ、うねりの中でエンジンがカラカラと空回りします。そのとき、田畑船長は小さな声を耳にします。聞き覚えのある声です。いつも漁をしている海面を渡っていく小鳥たちの声なのです。大荒れの海面に目を凝らすと、なんと、数千のキビタキが、あるものは船に止まり、あるものは飛んでいます。船に止まったキビタキは波が来るたび、波にさらわれていきます。
田畑船長は驚きました。と、同時に船中の集魚灯をつけました。集魚灯をつけると船のスピードが落ちます。荒れた海では大変危険な行為です。それでも田畑船長に迷いはありません。
キビタキたちは、すぐに集魚灯に集まってきます。マストやブリッジ、ウインチ、そして集魚灯にまでびっしりと止まります。こうしてたくさんのキビタキを乗せ、田畑船長のイカ釣り船はキビタキ救助船となりました。
波とうねりにほんろうされ、田畑船長のイカ釣り船が下北半島にようやくたどり着いたとき、キビタキたちはいっせいに飛び立って、下北半島の闇の中に消えていきました。「ブーッ」という羽音を聞きつつ、田畑船長は最後の一羽が見えなくなるまで見送りました。それ以来、田畑船長はキビタキ船長とよばれています。
 
●キビタキ船長その後
あれは確か3年前の初夏だったと思います。のどかな田園地帯にポツンと建つ喫茶店。
爽やかな風が吹き抜けて、緑のじゅうたんが風に揺れています。
たまたま通りかかって、時間つぶしに入ったはじめての喫茶店。マンガを読んで時間をつぶし、トイレに立ちました。
なぜか換気扇のコンセントが抜かれています。
「なんだぁ(?_?)」
最初、コンセントが抜かれている意味が分からず、首を傾げながら用を足しておりました。
と、かすかな音が聞こえます。
チチ…
「ん?なんだぁ(?_?)」
チチチ…
どうやらその音は、換気扇の方から聞こえてくるようです。耳を澄まします。
チュンチュンチュン…
「ありゃ?鳥の鳴き声?こんなところから?」
 
帰りに外の駐車場側から確かめました。換気扇のフードの中へ、親スズメが出たり入ったり。
そうだったのです。換気扇のフードの中にはスズメの巣があって、子スズメが元気に育っていたのです。
喫茶店主のさりげない心遣いに触れて、その日一日、とても気分がよかったのは言うまでもありません。
 
「自然保護だ」「環境保護だ」「環境教育だ」なんていう大仰な言葉を振りかざさなくても、私たち一般人は、こういうさりげない気持ちで自然に接していれば、子ども達にいろいろと教えることができると思うのです。

キビタキ船長が亡くなったあとも、津軽海峡の漁師さんたちにはキビタキ船長の心意気が受け継がれているそうです。嵐の時だけではないのです。
秋の渡りの季節になると、函館側から漁に出るイカ釣り船は出港直後から集魚灯を点けます。なぜそんなこをするのでしょう?燃料を余計に使ってしまうし、スピードだって落ちてしまいますよね。
集魚灯を点けてしばらくすると、津軽海峡を越える小鳥たちが集魚灯をたよりに次々に船に降りてくるのです。キビタキ、オオルリ、センダイムシクイ、おっとノゴマもいます。夏を北海道で過ごし、育て上げた子ども達を連れての南の国への遙かな旅路、少しでもエネルギーを温存したいのでしょう。彼らは漁場に向かうイカ釣り船に乗せてもらって、津軽海峡を南下していくのです。
漁場に着くと、今度は下北半島側へ帰るイカ釣り船の出番です。漁がすんでも集魚灯は消しません。煌々と集魚灯を点けたまま、イカ釣り船は下北半島を目指します。そうすると小鳥たちは、次々に乗り移ってくるのです。
さしずめ下北半島行きへの「乗り換え」ですね。にぎやかに鳴きながら、小鳥たちは次々と乗り換えを始めます。こうして、漁師さんたちの心遣いに支えられ、小鳥たちは今年も無事に津軽海峡を渡ります。さあ、ここから先は自力で飛んでいかなければなりません。子ども達には最初の、そして最大の試練が待ちかまえています。漁師さんたちは、彼らの試練を知っています。だからさりげないエールを送り続けるのです。
 
「そんなことは自然への干渉だ」「落鳥するままにしておくべきだ」---科学は、そうやって言うでしょう。ちょっと待って下さい。科学は万能なのですか?科学が法なのですか?科学は善悪を判断しないじゃありませんか。
私たち一般人は、さりげない気持ちで自然に接していれば、子ども達にいろいろと教えることができると思うのです。「環境教育」といいながら、成果の上がらない野鳥標識調査の存在意義を他に求めようとしているんじゃありませんか?
野鳥も人も、ともに地球上で一生懸命生きているのです。互いに尊重しあい、尊敬しあうことから生まれるものがあるはずです。喫茶店主の行いも漁師さんの行いも、私には「善」と感じられます。「環境教育」を謳うのであれば、もっと他にやり方があるでしょう。
 皆さんはいかが思われますか?特にお母さん、あなたのお子さんが野鳥を虐待するのって嬉しいですか?


●キビタキ達が 巻き込まれた台風は洞爺丸台風でした
どんな台風だったのか? 調べてみました、厄介な迷走台風
だったのですね。
洞爺丸台風(とうやまるたいふう、昭和29年台風第15号、国際名:マリー/Marie)は、1954年(昭和29年)9月に、北海道を中心に大きな被害を出した台風である。
洞爺丸台風(台風第15号・マリー/Marie)
カテゴリー1の タイフーン (SSHWS)

洞爺丸台風(1954年9月26日)
発生期間
1954年(昭和29年)9月21日 3:00~9月28日 9:00(台風でない期間:9月21日 9:00~9月23日 9:00)
寿命
5日6時間
最低気圧
956 hPa
最大風速
(米海軍解析)
75 knot
上陸地点
鹿児島県大隅半島北部
死傷者数
死者1,361名・行方不明者400名
被害地域 日本
この台風は九州地方・中国地方を上陸通過し、日本海へ抜けた後に更に発達しながら北上。函館港沖では洞爺丸事故を、フェーン現象により岩内町では3,300戸を焼失させる岩内大火を引き起こすなど、北海道を中心に多数の犠牲者を出した台風である[1]。
豪雨による水害をほぼ起こさなかった反面、強風による被害を大量にもたらした、いわゆる「風台風」であった。
1954年の15番目に発生した台風という意味で「台風15号」とされているが、事後解析により、この年の台風2号と台風10号は、台風の勢力に達していなかったとされて台風のリストから外されているため、実際には13番目である。
気象庁は、1958年9月に伊豆半島と関東地方に甚大な被害をもたらした、昭和33年台風第22号を同年11月に「狩野川台風」と命名したことに伴い、1954年の台風15号についても遡って「洞爺丸台風」と命名した。
洞爺丸台風
昭和29年台風第15号
Marie
台風15号は、9月18日にカロリン諸島付近で熱帯低気圧として発生し、21日には台風となったが、すぐに勢力が衰えた。
ところが、23日には台風に復活、23日9時には中心気圧992ミリバール(mb、現在のヘクトパスカルに同じ)、24日9時990ミリバール、25日9時には975ミリバールと次第に発達しながら台湾の南東海上で転向、急激に加速しながら北東に進み、9月26日未明に鹿児島県大隅半島に上陸、このときの勢力は中心気圧965ミリバール、最大風速40メートルであった。
時速75キロから80キロで九州を斜走。上陸後以降に勢力を増し、朝には中国地方から日本海に出てさらに時速110キロという異例の速さに加速しながら北東から北北東に進んだ。風速20m以上の暴風圏は26日段階で九州から北海道まで日本全土に広がった、9月26日9時には964ミリバール、15時には960ミリバール、北海道西岸に達した21時には956ミリバールとなっている。その後、北海道からオホーツク海を進み、9月28日9時にカムチャツカ半島付近で温帯低気圧に変わったが、通常の場合、海水温が低下した9月末の日本海で台風が発達することはほとんど考えられないため、実際には、台風が九州に上陸する9月26日3時頃から温帯低気圧に性質を変えていた(いわゆる「爆弾低気圧」と呼ばれる状態になっていた)と見られる。
北海道に接近した頃に最盛期を迎え、同時に一時的に速度を時速40キロ以下に落としたため、北海道を中心とする北日本では猛烈な暴風による被害が大きかった。すなわち、最大風速は寿都で42.0メートル(最大瞬間風速53.2メートル)、室蘭で37.2メートル(55.0メートル)、留萌で35.2メートル(45.8メートル)に達したほか、各地で30メートル以上となった。

そのため、家屋の全半壊や倒木などの風害が顕著だった。岩内町では火鉢の飛び火が原因による大火(岩内大火)で、3000戸あまりが焼失。森林が受けた風害はすさまじく、支笏湖周辺などでは全山の大木が根こそぎ倒された。かつてはほぼ全土が原生林に覆われていた北海道だが、明治以来の開拓と木材生産、そしてこの台風により、かつての威容は失われたと言われるほどである。また、青函連絡船洞爺丸の遭難では1,139名の犠牲者が出た。これは1912年の北大西洋における「タイタニック号」、1865年のミシシッピ川での「サルタナ号」の事故に次ぎ、戦争による撃沈を除けば世界海難史上3番目の犠牲者数であった(このことが、のちの青函トンネル建設のきっかけとなった)。洞爺丸以外にも青函連絡船の4隻が沈没し、多数の犠牲者を出しているほか、9月26日には、海難救助にあたっていた海上保安庁のはつなみ型巡視艇「うらなみ」が二次遭難している(乗員は全員救助)[3]。また台風が通過した西日本でも大きな被害が出ている。
この台風と類似した進路を取った代表的な台風として、1991年の台風19号が挙げられる。この時台風は、一旦九州へ上陸し日本海へ抜けた後、韋駄天台風となって非常に速い速度で日本海を通過したため、勢力が衰えることなく北海道に再上陸した。これによりほぼ全国が暴風雨にさらされ、北日本を含め各地で甚大な被害が出た。
⚫︎死者・行方不明 - 1,761名
* 住家の全・半壊・流出 - 207,542戸
* 住家の床上・下浸水 - 103,533戸
* 耕地被害 - 82,963ha
* 船舶被害 - 5,581隻
* 岩内町では3,300戸焼失
* 木材の被害にあっては上川営林署管内が2200万石もの被害があり、層雲峡経営区に至っては年間伐出量の54年分にあたる、1840万石の被害があった[4]。放置すると腐食するため、運材トラックが三年間で500万石をピストン輸送した。
* 9月25日に羽田空港を出発した青木航空のチャーター機は、目的地の北海道への接近を悪天候により断念。引き返す途中に福島県に墜落、乗員・乗客6人が死亡した(青木航空機墜落事故)[5]。
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コメント
topkatさん
topkat さんのコメント
2021.9.27 19:04
酔いどれアンコウさん、こんにちは。

キビタキ船長、良いお話ですね、心に沁みます。
やはり海に命を懸ける人たちの情の深さを感じます。

キビタキの写真もよく撮れてますね。
この辺では見たことがないと思います。

いつかBBCテレビのドキュメンタリー番組で見たのですが、カモの家族が大西洋を南下中小さな島で休息するのですが、幼鳥の一羽が足りないことに気づいた。
私もどうなるものやらとハラハラしたけれど、母親が一羽だけで、その前に休息した場所まで戻り、待っていた子供を見つけて、島で待っていた父親と子供達に追い付き、無事一家揃って南国へ辿り着きましたよ、ヤレヤレ・・。

優雅に空を飛んでる鳥は羨ましいほど自由で幸せに見えるけれど、実際は選ばれたものだけに与えられた短いひと時のこと、実際は生きるか死ぬか、とても厳しいのだと思います。

今朝も朝早く散歩してたら空高くⅤやW字が、賑やかにお互いに励ましあっているのでしよう、賑やかに飛んで行くのが見えましたよ、今日一日が満ち足りて幸せな日であって欲しいと願いました。
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酔どれアンコウさん
酔どれアンコウ さんの返信コメント
2021.9.27 20:46
こんにちは
海の男 船乗り
>>海難が生じたとき人命,船,積荷などを他者が救助すること。 海難船の船長は救助を求めることができ,他船は直ちに救助におもむく義務がある。<<
こう言う決まりの様な事が有るのですね、当然と言えば当然だけど、逞しいですね、
更にキビタキにも当然のように適用! 動物愛護なんて考えよりも 私は寧ろ そんな気持ちを感じてなりません、実に明快です!

引き返した母カモ 観ていたら涙(^^)
更に再会で また涙(^^)
一家目出度く目的地へ もうハンカチ絞れば涙がポタポタ(^^)
無表情なのが やりきれない程 愛しいですね!

人間はある程度 生命への保証は与えられているけど
野生動物は一秒先すら分かりませんもんね!
もしかすると 今日一日の無事を 人間以上に噛み締めているのか知れませんね?
1人がいいねと言っています
コキリコさん
コキリコ さんのコメント
2021.9.26 20:33
いい話ですねー、ウルウルしちゃった!

キビタキって、北海道で夏を過ごしてたんですか? 知らなかった!
それだけじゃなくてオオルリ、センダイムシクイ、ノゴマも。

知らなかったな―、本州の山で過ごしてるとばかり思ってた。

そういや先日、顔見知りのバーダーから、キビタキが近くの公園に来てるって聞きましたよ。
冬鳥のシーズン、コキリコも出かけなくちゃ。
1人がいいねと言っています
酔どれアンコウさん
酔どれアンコウ さんの返信コメント
2021.9.27 7:23
おはようございます

我々の避暑と違って 大変なんでしょうけど(^^);

ウチの裏に来るツグミなんか五月にまだ此方に居るのんき者もいるみたいで
鳥の世界も多様化の様で 思わぬ越冬や越夏の観察事例がありますよね。

足元だけは気を付けて(^^)/
1人がいいねと言っています
ハニーちゃんさん
2021.9.26 19:06
今晩は、
今年も今まさに大型台風が太平洋側を目指して進行して来ます、進路が南下して
くれる事を祈るばかりです。

昭和29年9月26日、台風が接近しようとしている最中に国鉄・青函連絡船、
洞爺丸が夕刻だと思いましたが函館港を出航して間もなく台風の影響で沈没し
多数の死傷者を出した事故でした、
死傷者の数は1155人にものぼり海難事故としては最大の海難事故と成りました、
この事故の犠牲者は国鉄幹部が3人初め国会議員、俳優さん等の皆さんが海に
飲み込まれました、
当時台風時の出航基準が、あやふやな時代でしたから不運な出来事でした。
1人がいいねと言っています
酔どれアンコウさん
酔どれアンコウ さんの返信コメント
2021.9.27 7:08
おはようございます

出航に至るまでの経緯 の文章もありましたよ!
台風の質の悪さを恨むしかありませんね、

台風の迷走もありますが
出航判断を迷わせる 事態が 多かったのでしょうね 当時はまだピンポイントで
気象を捉える事も出来なかったし 不測事態です

出航直後 危険を察知した 船長は 浅瀬に乗り上げ最悪の事態を回避しようとしたけど、
錨を繋ぐ鎖が切れて 流されたのです。
本当に痛ましい災害でした。
1人がいいねと言っています
四つ葉さん
四つ葉 さんのコメント
2021.9.26 17:38
おすましキビタキさんに思わずセリフを入れたくなります
(o^^o)

「オホ♪」

「どや♬」

こんなところでしょうか


北海道にも台風が押し寄せたことがあったとは。。
直接の被害の他に洞爺丸の沈没 大規模な火事やチャーター機の墜落まで
大惨事だったのですね
そんな中でのキビタキさんたちのお話はとても和めます
1人がいいねと言っています
酔どれアンコウさん
酔どれアンコウ さんの返信コメント
2021.9.27 6:53
おはようございます

「どや♬」(^^) 近頃「 どや顔」なんて言葉が出来ましたね
ポーズ決めると 確かに そう見えますね(^^)

台風の 猛威は 凄いですよ
そんな海でね〜 よく 野鳥にまで気が回るものですね!
元々 船乗りさんには 海難は見捨てて置けない気風が あるけど
それにしても…… ですね!
1人がいいねと言っています
ラベンダーさん
ラベンダー さんのコメント
2021.9.26 17:27
読みでがありました^ - ^

洞爺丸台風が来た時、北海道の余市に居た
私の母の父が亡くなった台風だと聞きました。
暴風雨でガタガタする窓に板を打ちつけていた
時に何かが飛んできて頭に当たりそれが原因で
亡くなったそうです。

キビタキ綺麗に撮れてますね。
田舎に行っても中々野鳥には出会えません。
1人がいいねと言っています
酔どれアンコウさん
酔どれアンコウ さんの返信コメント
2021.9.27 6:34
おはようございます

スローに洞爺丸台風で亡くなられた遺族の方が居られた!
爪痕は相当大きいですね、
台風が来ると子供の頃は窓に打ち付ける板を縁の下から引っ張り出してました
台風の風は強くなって来ると 人間の力には負えませんね、私はゴミ箱が宙を舞ってるのを
見た事がありますよ、屋根瓦もドミノみたいに一瞬でパラパラと剥がれてしまいます、

耳の良い人は 目じゃ無くて 耳でも(鳴き声)野鳥を探しますよね、
しかも種類まで分かる(^^);
1人がいいねと言っています
草刈り真っ青さん
2021.9.26 17:01
沈没事故以外には洞爺丸台風のことを殆ど知りませんでした。
いい勉強になりました。
その時の渡り鳥を助けた精神と実行を今も伝統的に続けておられる船乗りさんたちに敬服します。

夕方になると大軍をなして飛び交う小鳥たち、いままで当たり前の年中行事でしたが、ここ数年は数が激減しています。農薬化気象変動の影響かと思われる様子です。
人間の営みがどうも犯人のように思えてなりません。
鳥が減ると食べられなかった分、害虫が減って、結果ブーメランのように農業に損害を与えています。
この先どうなるのか不安です。
1人がいいねと言っています
酔どれアンコウさん
酔どれアンコウ さんの返信コメント
2021.9.27 6:14
おはようございます

当時芽生えた野鳥との信頼関係が伝統的に なっている と言うのがねぇ
私達も人間の一人として救われた気持ちになれます(^^)

収穫を確実に上げるのには 農家さんも 必死でしょうね 大雨だ 台風だ、害虫だ と
毎日が自然との闘い ハウス栽培なんかも知りませんでしたけど ハウスって凄い投資金額なんですね?

私達が生活の方向性を変える事で地球環境を 変えられるんでしょうかね、
そうなって欲しいけど、人類の思い上がりだったとしたら悲しいです。
1人がいいねと言っています
草刈り真っ青さん
草刈り真っ青 さんの返信コメント
2021.9.27 8:27
昔の建築は軒の下に垂木があって、その隙間にスズメやコウモリが巣を作ったものです。
最近の建築ではそれが出来ないので換気扇のフードに巣を作るのでしょう。
10年以上前だったと思いますが、換気扇の熱でスズメの巣の草が燃えてボヤが起きたことがニュースでありました。
以来我が家では換気扇の巣は取り除いておりましたが、このブログを読んで今後の課題だと考え直しました。
1人がいいねと言っています
酔どれアンコウさん
酔どれアンコウ さんの返信コメント
2021.9.27 10:41
何と言うか
基本は人間が快適に過ごせる なんでしょうか?
併せて 生物も(毒で人間が死ぬのは除外)快適に過ごせれば良いですね、

私ね 神経質な程の動物愛護や身勝手な団体には反感があるんですよ(^^)
クジラは可愛いから捕鯨は駄目ほしたら 牛や豚や鳥はどうなんだ? となってしまうんですよ(^^)

歴史の中で慣習化されて来た事ってありますよね?
一概に悪者扱されるのは嫌です(^^) クジラ肉好きなんですよ 高くて買えないけどクジラベーコンなんて特に好き(^^)

雀やツバメなんて 人里で人の住まいに間借りして ず〜〜っと昔から 生きて来たんですもんね、
もし換気扇のフードを借りに来たら貸せるなら貸してあげたいですね(^^)
どちらの先祖同士も 友達同士だったかも知れないし。
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hiromasaさん
hiromasa さんのコメント
2021.9.26 16:27
アンコウさん~こんにちは~(^o^)

この文章は初めて読みました~ いい話です(^o^)

田畑船長は自分たちの危険も分かっていながら小さいキビタキの為に集魚灯を点けて
あげた話しは凄いですね、命の大切さを感じます。

洞爺丸台風は聞いたことはあります、相当の犠牲者をだした大型の台風だった事は
自分が9歳の時の台風でしたね。

今度の台風16号は、まだ進路はハッキリしていませんが、こちらに向かってきそう
です(千葉県)(-_-;) 千葉県を襲った19号台風の様な台風にならないように祈り
ます、我が家は高台にあり築35年になります、暴風だけは勘弁してほしいです。
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酔どれアンコウさん
酔どれアンコウ さんの返信コメント
2021.9.27 5:49
おはようございます

そうですよね!田畑船長 海が時化て来たら 早く港に帰るのが普通だと思うけど、
船足を 落としてまで キビタキを助けたんだですもん凄いですね、

台風進路の右に家があるのか 左に家があるのか でも 風の威力が随分違うらしいです
10月いっぱい は気を許せませんね、自然の猛威には敵わないけど、準備だけはね、
最近は飲料水2リットル×6本は準備してます(^^)
1人がいいねと言っています
一の糸さん
一の糸 さんのコメント
2021.9.26 13:44
洞爺丸台風
鮮烈に覚えています
昭和29年9月5日 私は結婚しました
新婚旅行に行った雲仙温泉で13号台風に見舞われ、一日中ホテルに缶ズメになりました。
宿の女中が「13号っていやな番号ですね」と言っていたのを記憶しています。
その2番後の台風ですね。
北大の学生のK氏と1か月前に久住登山をしたばかり。
もしやと思い遭難者名簿を懸命に探した覚えがあります、同姓の方がありましたが、名前が違った。
安堵した。
私の思い出です。
1人がいいねと言っています
酔どれアンコウさん
酔どれアンコウ さんの返信コメント
2021.9.26 14:31
鮮烈なんですか、
余程 凄かったのですね!
ご新婚旅行が13号の時で良かったですね
もし15号の時でしたらね 真っ先に大隅半島に上陸していた訳ですから、
ダイヤの乱れや足止めで大変な事だったでしょう、

もしや ?の 気持ちって経験無いのですが
どうか名前が見つからぬ様にと 居た堪れなかった事でしょうね。
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ぎ~やんさん
ぎ~やん さんのコメント
2021.9.26 13:20
この洞爺丸沈没と宇高連絡船の紫雲丸沈没事故が重なりまして、哀れ小ガッコの修学旅行の行く先が
四国から伊勢神宮参拝一泊旅行に変えられました、悲しい悲惨な経験者が一人います。
1人がいいねと言っています
酔どれアンコウさん
酔どれアンコウ さんの返信コメント
2021.9.26 14:19
ワタイら台風関係無うても お伊勢さんでしたわ(^^)
せやけど怖い台風でしたんやな〜〜
海がほん近うおましたんで あばら家住まいには 怖おました
覚えてるのは第二室戸?か伊勢湾? でおます、釘で打った戸が中に押されるんや無うて
外に引っ張られまんねん、どんなりまへんでした。

雨乞いのお噺は承知ですけど
台風の噺ておまんのか?
1人がいいねと言っています
ぎ~やんさん
ぎ~やん さんの返信コメント
2021.9.26 14:46
タイフ~ンそのもの噺は存じませんが「九州吹き戻し」っと夕、今じゃ滅多に演じないのが
ございますね。
http://sakamitisanpo.g.dgdg.jp/kyuusyuuhukimodosi.html
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酔どれアンコウさん
酔どれアンコウ さんの返信コメント
2021.9.26 15:02
コノお噺 確かご入院の お話も御座いません時に
ぎ〜やん様 ブログで 紹介があり 拝聴致しました
何方はん やったかは忘れましたけど、ええお噺やなと
思いましたです。
0人がいいねと言っています
雪豹さん
雪豹 さんのコメント
2021.9.26 12:44
三回ほど掲載されているのですか(^^♪
私は初めて拝読させていただきました。
荒れ狂う海の上で戸惑う鳥たちを救った船長は、まさに海の男のやさしさですね。
海の男のたくましさと、やさしさは私のハートをとらえて離しません(^^♪
良いお話をありがとうございました。

台風16号も大型になると報じられています。
近畿、東海、関東沿岸は気を付けるように言われていますね。
上陸せず過ぎ去ってほしいものです(^^♪
1人がいいねと言っています
酔どれアンコウさん
酔どれアンコウ さんの返信コメント
2021.9.26 14:08
はい! キビタキ船長の心意気にうたれます、
集魚灯を灯して風雨に叩き付けられるキビタキの目印になってあげた、
集魚灯を灯す事は時化の海では非常に危険な事らしいです、
その後のキビタキ船長の話がまた良いです(^^)

まあ秋は台風だと覚悟はしていますが出来るなら来ないで欲しいですよね(^^)
今日でも5m/secの風が吹いていて アボカドは屋内に避難(^^)
水曜日木曜日辺りになるとまた妹から心配だと電話が掛かります、煩わしいのですよ!(^^);
3年前の台風で被害を受けたので、
ほんと憂鬱な季節でもありますねー、
備えは大丈夫でしょうか?
雪豹さんは大丈夫だと思ってますけど(^^);
1人がいいねと言っています
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