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ぶらり保福寺街道(松本街道・東山道)-⑨

姨捨山人さん
姨捨山人 さんのブログ[カテゴリ:寄り道散歩
2022.4.26 21:36
 里に下りてすぐに由緒ありそうな神社「村社 津嶋神社」は祭神建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)の別名牛頭天王を冠して昔は「津嶋牛頭天王社」と言われており、今でも「お天王様」と親しまれているそうです。由緒書きを補足すればそのように書かれています。ちなみに、遠く愛知県津島市の「津嶋神社本社」とこの山里に分社されたいきさつを思う時、はるか昔のロマンを感じずにはおれません。

 何しろ本殿までは坂を上って今来た街道を2度も横切らなければなりません。さらに防獣柵の開け閉め迄あります。




 のどかな、間もなく田植えの始まる水がはられた山里の水田、保福川に架かる橋を渡ると、目的の一つ「保福寺」が小さく見えてきます。



 再び工事中の保福寺橋を渡り「保福寺」の仁王門の前に立ちます。古の旅人の万葉の歌碑のように「刈株(かりばね)に足踏ましむな履(くつ)著(は)けわが夫(せ)」を思い起こさせる「草鞋(わらじ)」が沢山吊るされています。




 仁王門の右脇には雑多な石仏があります。「道祖神」「庚申塚」「馬頭観世音」「二十三夜塔」「双体道祖神」「青面金剛庚申塔」昔の人々の暮らしが垣間見られる石仏群です。


 八十八段の石段を登ります。八十八段に意味があるのでしょうか?登りきるとお決まりの六地蔵様がお迎え、対面にはここにも苔むした石仏群。苔むすのは以前にも言いましたが空気が綺麗な証拠。



 本堂にお参りし、見上げれば見事な彫刻が目に留まります。境内には山寺の鐘然とした鐘楼、横道を降りると馬頭観音の隊列、保福寺街道の石仏を全てここに集めたのかと思うほどの多さ。




 仁王門前の保福寺川を越えた前には、「舊御番所跡」の石碑。松本藩最大の番所だそうです。右隣の崩れかかった民家か、または番所に関係のある建物なのかわかりませんが、これが田舎の現実です。


 少し下るとS字型の桝形(画面が暗いので逆からも撮りました)、曲がるとそこは保福寺宿のメーンストリート。推定、古代東山道(あずまのやまみち)の「錦織駅(にしごりのうまや)」のあった集落。



 宿場の中央あたりに「本陣」であった小沢家、今は「satoyana villa本陣/カメノヤ別館」として喫茶店と宿泊施設として利用されています。目の前には母屋がデンと構え、横の冠木門をくぐると渡り廊下で母屋とつながった建物の一部が解放された喫茶室(satoyana villa本陣)。口コミでしょうか沢山の若者が車で来ていました。





 絶対にしてはいけないことですが、母屋の裏側も拝見させていただきました。できれば整備して見学施設も併設すればと思いました。



 本陣の向かいの人の言うことには、カメノヤ別館での宿泊はコロナで業務を停止しているこのこと、本陣の筋向いにも往時を偲ばせる門の家がありました。

 終点に向かって街道の両側にある往時の面影を求めてあっちへ行ったりこっちに来たり、深くは資料がなく分かりませんが、羅列に終わることになると思います。右手に小さな鳥居が見えたので行ってみました。神社名もわからず、本殿らしくはないお社。そばに「保福寺分校・誠之学校跡」の碑がありました。碑文を読むことは出来ませんでした。



 新しい男女が逆の双体道祖神がほほえましい。いつ橋を渡ったのか保福寺側は左手、その橋を渡ったところに「清瀧不動尊」由来書見当たらず。



 地元の人に聞くと東山道は河岸段丘上にあるとのこと、181号線を離れます。街道と思われる道には転々と石仏が祀られていました。





 道標もあります「右 善光寺/左 松本」と刻まれています。比較的新しいものだと思われます。道祖神と大黒様。また道標、全く新しいものでした。






 とうとう善光寺街道との分岐まで来ました。実際には保福寺で街道は終わりですが、ここまでが自分では最終地点と思っています。向かい中央が保福寺街道、右が刈谷原宿入り口。左が四賀会田宿です。

 バス停の「四賀化石館」まで戻ります。ここでは四賀で発見された「シガマッコウクジラ」当時小学五年生だった「山田智久君」が釣りの時発見したものや、その後「シナノイルカ」「シナノトド」など続々と発見されたものが展示されています。1.300万年前、山国信州は海の底だったのです。



 ここ錦織は、錦部(にしきべ)となりましたが、錦織(にしごり)には特別な愛情を持っているようです。郵便局こそ「錦部」になりましたが至る所に「錦織(にしごり)」の文字があり、人の口からも「にしごり」は消えることはないようです。「錦織駅(にしごりのうまや)」は今に生きています。



 最後までお付き合いいただきましてありがとうございます。アチコチしてまとまらず失礼しました。
おかし渚ゆりのき@スズジイ@ホームチャコハニーちゃんエーデルワイスホテイラン柚月 28人がいいねと言っています
コメント
hashiba さん
hashiba さんのコメント
2022.5.1 16:38
お尋ね

「続を読む」をクリックしても反応のない時間が長すぎてあきらめてばかり(/_;)
ようやく表示されました(^O^)
写真が多すぎてアクセスが重いのでしょうか?
光りの最高契約ですがパソコンが不調?
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姨捨山人さん
姨捨山人 さんの返信コメント
2022.5.4 9:02
お早うございます。
お返事遅くなりごめんなさい。
>写真が多すぎてアクセスが重いのでしょうか
ゴメンナサイそう言うこともあるかとは思います。Slownet側やWeb上の不都合もあるのではないかとも思っています。

これからもあきらめずお読みいただければありがたいです。
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ヨギーさん
ヨギー さんのコメント
2022.4.27 17:50
こんばんは

また今回も魅力的なお写真を楽しく拝見できました♪
保福寺と小沢家の喫茶室
最近はこういった建造物や屋根にかなりハマってしまい
気になって仕方がありません(⌒-⌒; )

錦織、、、にしごり
と読むのですね
元ジャニーズのアイドルは、にしきおり
テニスプレイヤーは、にしこり
いろいろな読み方があるんですね〜
0人がいいねと言っています
姨捨山人さん
姨捨山人 さんの返信コメント
2022.4.27 19:39
ヨギー さん
こんばんは!
松本藩主も泊まった小沢家を再生・活用しています。コロナで宿泊は利用できませんが、収束して再開したときはちょっとお高いですが殿様気分を満喫できるそうです。

喫茶室でむき出しの梁の見える本陣の離れでのコーヒーの味は格別かもしれません。
にしごりは奈良、平安時代からある「錦織駅(にしごりのうまや)」名、地元では「にしごり」を大切にしていますが、多くは「にしきごうり」「にしきこうり」などという地域もたくさんあります。

これからもよろしかったらお訪ね頂ければ嬉しいです。
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しょうくさん
しょうく さんのコメント
2022.4.27 6:47
おはようございます
 やはり古い街道沿いの道は、道祖神などの石像などなどが楽しませてくれますね。
 化石館など素晴らしくよく整備されているのですね。
 我が家近く、旧東海道のほかに、鎌倉道などの旧道の名残がありますが,どんどん消えて行ってしまってます。
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姨捨山人さん
姨捨山人 さんの返信コメント
2022.4.27 7:32
お早うございます。
鎌倉道よりずっとずっと小さい地方の街道ですが、由緒ありそうなお屋敷が今年行ったら跡形も無いような事が幾つかあります。

ブログには載せきれないそれらをカメラに収めておきたいと思っています。
ずーっとブログを見守っていただき有り難うございました。
0人がいいねと言っています
柚月さん
柚月 さんのコメント
2022.4.27 6:09
姨捨山人さん♪ おはようございます♪

こちらを開けた途端、目に入った文字が津島神社・・・えっ!
そうでした、そうでした。津島市の津島神社は「尾張津島の天王様」と
呼ばれて昔から親しまれており、全国天王総本社とされています。
私が生まれ育った町と現在住んでおりますところとのちょうど中間くらいにあって
初詣、七五三のお参り。。。なにかにつけて参拝します。


最後になってしまいました。満願成就おめでとうございます。
1人がいいねと言っています
姨捨山人さん
姨捨山人 さんの返信コメント
2022.4.27 6:52
お早うございます。
ねぎらいの言葉有り難うございます。
津島市は尾州でしょうか?三河かトンと思い出せません。神社の境内で昔の遠いところと田舎の神社とのつながりを考えながら休んでおりました。

柚月 さんにとって天王様は縁の深い神社でしたか。行ったことはありませんが写真で見る限り立派なお社ですね。
1人がいいねと言っています
柚月さん
柚月 さんの返信コメント
2022.4.28 11:55
>津島市は尾州でしょうか

そうですね~♪ 尾州になりますね♪

2ヶ月ほど前、こんなのを投稿してました。
https://slownet.ne.jp/blog/view/153540
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おーさん
おー さんのコメント
2022.4.26 22:06
善光寺街道と東山道、昔は賑わったのでしょうね。
錦織の名の織物が現在は見当たらないのが残念ですが、元は織物もあったのでしょうね。
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姨捨山人さん
姨捨山人 さんの返信コメント
2022.4.27 6:33
お早うございます。
東山道の頃はいざ知らず、善光寺街道の宿場、保福寺街道の宿場には立派なお屋敷など残されていて、昔の賑わいぶりをうかがい知ることが出来ました。

>錦織の名の織物が現在は見当たらないのが残念ですが、元は織物もあったのでしょうね。
私もその様に伺っていますが、面影は皆無でした。
三才山トンネルも無料になり、ますます錦織への足は遠のくでしょうね。

拙いブログ最後までお読みいただきありがとうございました。
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