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しょうくさん
しょうく さんのブログ[カテゴリ:しょうくの鶏肋日記
2017.5.25 7:37
5月25日(木)
 今朝窓際温度計は、23℃、湿度64%、曇り、夜半から朝にかけて雨だったようで、すっかり道路も樹々も雨を含んでいる。
 昨日は、近くまで食料などを買いに出ただけで、あとはパソコンに向かって、原稿書きやら、以前に調査した鎌倉郡の三十三観音についての資料の整理などして過ごした、6年くらい前に古い資料を見つけて、今はなくなった、鎌倉郡に、三十三観音があり、その御詠歌集を見つけ出して、さてどこにあったどのお寺あるいは、辻の観音堂だったかなどを調べた結果の資料、6年くらい前一段落して発表したのだがその後も少しづつ調査してきた結果を、整理して今度、歴史グループ(見知楽会といいます)で話そうかと資料の再整理をしたわけです。
 ちなみに見知楽会、見て、知って、楽しもうかい、という趣旨で、そうです、道楽とかけたおやじギャグの、不肖小生の命名なんです。おかげさまで、10年以上続いています。
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 けさの道端の花、ハーブでしょう、どなたかが捨てたか、此処へ移植したのか、街路樹の根方にだいぶ大きくなって、花をつけていました。
 資料の整理も割合に順調に進んだのですが、私が調べて歩いたころよりさらに開発が進んで、また様相が変わってきてしまっている可能性はとても大きいので、確信をもって話せるかどうか、少し心配です。
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 ビヨウヤナギの葉っぱの上の水玉がとてもきれいでした、鎌倉三十三観音は、現在も健在で、鎌倉市内いろいろあるのですが、鎌倉郡…昭和23年に消滅した行政区画、江戸期には大部分は旗本領ですが一部は幕府領だったり、寺社領だったりしています。
鎌倉郡の三十三観音霊場として動きていた当時の御詠歌集の古文書を見つけ調べ始めたのが、10年ほど前から、以後何とか廃寺になったものなども相当数あり、また、現在の鎌倉三十三観音となっているものなどをまとめた資料なのです。どうやら、江戸中期1700年代には出来上がったのですが、明治の廃仏毀釈の運動で、地域の方がお守りしていた観音堂が、お寺に預けられたり、お寺そのものがなくなって、今は全く分からないものもいくつかありました。葉っぱの上の水玉のように、消えて行ってしまったものも多いです。
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 けさの散歩道、タチアオイが盛んに咲き始めていました、雨の後で、少し元気になっている様子でした。
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 鎌倉郡三十三観音、昭和14年に横浜市に編入された私が住んでいる、旧戸塚区、そしてそれが分かれて新しくできた、港南区、泉区、栄区、そのほかに、藤沢市、鎌倉市、大体その範囲にあります。
 むかしを今に伝える、地域の方々がお守りしている、観音堂のまま残されたところもあり、観音堂をお寺に敷地内に移したところ、あるいは、仏像だけをお寺に移したところ、全く分からなくなっているところ、いろいろです。またお寺も代替わりして、観音堂がどうして自分のお寺に来たのかわからないというところもありました。
 すべては動く、仏教教えは本当だなとつくづく感じることもありました

 この花たちも動く、静かに消えてゆく、どんな種子を残してゆくのか、そんなことはあまり悩まずにひたすら種子を残して、枯れてゆく・・・・。
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コメント
アセビストさん
アセビスト さんのコメント
2017.5.25 19:46
しょうくさん こんばんは。

ブログを拝見していると、しょうくさんの諸事の行動範囲の広さにつくづく感心します。
素晴らしいことですね。手も、眼も使いまくることが脳の活性化には大事なことでしょうね。

タチアオイがもう咲いていますか。いろいろな植物の花などを目にすると、植物は的確に
確実に太陽の動きを見ながら花を開いて、それぞれのバイオリズムを守っている様子に
感動します。
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空山さん
空山 さんのコメント
2017.5.25 11:28
形有るもの、必ず崩る、と言いますが、変革が、
速すぎます。
0人がいいねと言っています
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