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とんとんさんの投稿

母と子

とんとんさん
2017.8.13 12:20
母は貧乏人の子だくさんの末っ子だった
おまけに跡取り娘の母親だったので、落ちぼれてしまったのに昔の家を捨てることが出来なくて、働いても働いても貧乏なままだったことに父親が逃げ出したという
母がお腹に入っているときに

母の戸籍は私生児になってた
母親が亡くなり、一番上の母の兄が結婚することになって、その家に居ることも出来ないからというとき
嫁の口が来た
顔も知らない父との結婚で、父は再婚だったという

どうして父が再婚かと言えば、どうしようも無い仲の悪い、舅と姑にいびられたからだ

そんな中に帰るところが無い状態で結婚した母
それでも逃げ出して兄の家になった実家に帰ろうとしたら
お腹に長姉が居ることがわかり、戻ったのだという

そして何も考えない母は長姉にそのことも言ってしまっている…長姉がどんなに傷つくかも考えずに

貧乏な生活の中に居て、無知で無学だった母
口癖は、「そんなことして貰ったことが無いからわからない」

私たち3人の娘は、普通はして貰わなかったからこそしてあげたいと思うんじゃないの?と思いながら大人になった

長姉や次姉が私と同じ様に愛着障害かと言えば、たぶん違うと思う

長姉は結婚もせずひとり暮らしだけれど、昔は引きこもりに近いような誰とも口をきかないような人だったけれど

クラッシック音楽を楽しみ、コーラスの団員になり、フルートを習い、映画を楽しみ、読んだ本に感動して作者に手紙を書く、拾った猫の面倒を見ている

次姉は、結婚した夫と仲良くやっているし、若い頃からお金に困ったことはない、ただ娘2人の子育てはどうかと思うけれど…
若い頃からの一通りの習いごと、海外旅行、テニス、ゴルフ、油絵、写真…趣味も多い、生活を楽しんでいる、犬はポメラニアン…

私はバカは嫌いだから
あんたのことバカだと思っていたけど、アマチュア無線のこんな本を丸暗記できるなんて案外バカでもなかったのかしらね
次男の病気の後、娘が遊びに泊まりに行くというので送っていくと、次男はお断りよ、私はバカは嫌いだから…

そう言った次姉と、私が上手くつきあえるわけが無い
どうかと思う奴だけれど、愛着障害では無いだろう

園芸高校に入って暗い子ども時代から離れることが出来たけれど、根が暗いのは治るというものでもなく、ただただ真面目だけで生きてきた
悪いことはしちゃいけない正義感だけで生きてきた

今年の最大の良かったことは
私が愛着障害だとわかったことだ

病名がついてホッとすることは良くあることだ、本当は何も病名がつかないことの方が望ましいけれど、不調を訴えながら、なんともないと言われることの方が辛い

母に優しくされるとか、スキンシップとかの経験が無い
こんなふうに書くと、昔はみんなそんなものだと言われる

私はそれでも、母を好きだった子どもの頃は
暑い夏に悪ふざけのように背中から抱きついて、お~~暑いこと、なんだよこの子は全く…と母から邪険にされても、何回かした覚えがある

末っ子だから甘やかされたでしょうと誰に言われても、そんなことは無かった

大人になって結婚しても、淋しくなんか無い
母も義理のように顔を出せと言うだけだったし、会いたいなんぞ言われたことは無い

孫が可愛いと言うけど、久しぶりに連れて行く孫の前で次姉の孫のことを可愛いという、何が出来るようになったという、目の前の男孫など関心も無い

何か言えば、したり顔で偉そうにものを言うと言われ
子どもの時のめんごくない子だというレッテルはずっと剥がれなかった

悲しい映画を観れば泣くことも有ったし、好きな本が無いわけではないと思っていたけど
感動するという事に冷めている

お母さんは冷めてるからと言う長男の見方は合っていたのだと思う
テレビを見て顔がUPされている芸能人が泣く姿を見せたりするのがすごくキライだけれど、こんな所で泣いて見せて、良い人をアピールしててイヤだと思って冷ややかに見ていた

そういうことも有るかもしれないけど、私はやはり泣かない…
いや、患者会の訃報が続いたとき、泣いたことは有る…でも泣かない普段…

子どもの中学の時、太鼓のグループが学校に来て、太鼓の音を聞いて泣いた
太鼓を聞くと涙が出るというのは何回か経験した
でも最近は太鼓の音で眠くなる^^

中途半端に色々思ったり確認したりだけれど、自分は冷めてるとか、こんなことに感激しないとか言うイヤな奴という部分が愛着障害の所為だったと思う方が救われる気分…わかるかなあ…

夫も愛着障害だと、さらっと言ったけれど、夫にその言葉が引っかかったりはしていないと思う
そんな自覚はないだろう、私が口走ったからと言って調べてみたりもしないだろう

マザコンだとは思っていたけど、愛着障害だったと、今なら思う

お母さんという人に甘えたり頼ったり頼られたりしたことを聞くと母と娘とはそういうものなのだろうなと思う…別に羨ましくもない

それでも私の中の救いは、83才まで生きた母の最期5年ぐらいは、私が母を許したこと、達観したこと、母と喧嘩にならなかったこと
何でもお金ですます人だった、喧嘩しても、イヤな思いをしても出されたお金を貰って帰るときのわたしの気持ちの悪さも、もうなかったから

娘とA子とあと何年母と子と言う関係で居られるのかなと、思う…
cosi cosiもりと隼人 3人がいいねと言っています
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