とんとん さん
とんとんさんの投稿
後悔はしないけど
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とんとん さんのブログ2017.8.25 21:29
大きな後悔はほとんどない
どうしてか自分に甘い私だから、自分のしたことに後悔なんてしない、ああ、バカだったなあとか、何であんなことしちゃったかなあと、台所で洗い物をしながら思うことはあるけど
それ以上のことはない
しょうがなかったじゃない・・・の言葉でごまかしてる
いつの時間までもさかのぼることが出来るとしても私はさかのぼらない
寿命が延びるというのもイヤだ
同じ事をしてやり直すつもりも毛頭無い
夫と結婚したことだって、ごちゃごちゃ言うけど、必要なことだった私の人生の中で
それでも思うのは次男のことだ
夫と結婚しなかったら次男の病気はなかったというそこまでは遡らなくていい
せめてのこと、30年前に、ここに家を買うまでのこと
次男の病気がもっと早くわかっていたら、ここには家を買わなかった
次男の病気が生まれたときにすぐわかるような病気だったら、なんとしても、ずっとアパート暮らしでも、茨城に越したりしなかった
いま住んでいるところは、開発から遅れて、30年前とそうは変わらない
新しい家が出来るたび、きっと少ししたらこの家を背負って東京に戻りたいとか思うんじゃないかなあ?と、どこから越してきたかもわからない人に思う
田舎暮らしがどうたらこうたら本まで出来た時代があった、今はどうなのかわからないけど
Uターンならまだ納得がいく、親類縁者、幼なじみが居て年を取っても淋しくない環境が出来ていたら
Uターンもありかもしれない
でもIターン、Iターンなんて言葉が良いのかどうか知らないけどは、わかってないなあと思う
子どもも居ない熟年が田舎に暮らしたら、近所の接点なんてない
煩わしくても…
東京の子どもたちさ、は、、あだま良いどな、家の孫らの成績が下がっちまうんじゃあんまいかって言ってんのよ
なんて言われながらでも、子どもの関係があれば野菜を頂いたり、家に遊びに行ったり、そういう付き合いもある
けれど、どこからか来た中年以降の夫婦に、なにしてんだっぺと言う目はあっても、丸ごと受け入れるなんて言うのはテレビの画面の話だ…
いい歳になって、これから遊ぶことも出来るのに、映画館は遠い、デパートもない、お芝居観に行くこともない、医者は遠い、遠くなった友だちもなかなか来ない
夫は車の免許を持っていても妻は持っていないという人も多い
夫頼みでいつまで車に乗るのか
Uターンなら、ついでもある、わざわざだって連れて行って貰える、お茶飲みもする
子どもが育って今の我が家の状況、近所の人とのつながりはない…私だけが人付き合いが悪いというのではなく、そんなものなんじゃないかと思う
車の免許の更新に行くと、よぼよぼして歩くのがやっとなのに、免許の更新に来るお爺さんお婆さんが居る
ホームセンターで、歩けないようなお爺さんが運転席に乗り込み、荷物を後ろに積んだお婆さんも助手席に乗って帰っていく老夫婦を見たりする
年を取ったら免許の返納なんて、都会での話だ
公共交通網が発達しているから言えることだ
地域のミニバスしか走っていないところに、自分の都合良く行きたい病院に行くなんて事はなかなか難しいだろう
タクシーに乗ればと言うけど、田舎のタクシーはちょっと走ったら3千円5千円は安いくらいだ
そういう所に住んでいて
お母さんはいつまで車に乗れるの?と次男が聞く
私が車に乗らなくなったら、次男も私もどこにも行けない
例えば離婚してこの家に残ったとして、何の意味も無い
売れるほどの価値もない
私はオリンピックなんて楽しみに思ったことがないから3年以内に死んでも良いなんて勝手に言うけど
私が死んだら次男は生活できない
まあ、テレビに出てくる山村の移動スーパーを頼るように、ネットで食料品も送って貰えるのか、生協はまだ使えるか、1ヶ月に1度は銀行にタクシーで行くのか…
だから、今の家にこのまま残るなんて事が良い道な訳がなかった
宝くじでも当たったら、どこでも歩いて行ける都会、せめて駅のそばに引っ越すことが出来るけど、宝くじなんて当たる訳もなく、買いに行くのもよういじゃない
患者会でも、子どもを残して逝かなくてはいけない親御さんが高齢で、その日が差し迫っているという人が多くなってきた
東京の人ならまだ良い
私の居なくなった後、長男夫婦にどんなふうに負担を掛けることになるのかという心配もある
次男がお母さんと一緒に逝きたいというのも無理からぬことだ
だけどそんな訳にはいかない
だったら、貯金しておけば良いのにと、みんな思うかもしれない、当然のこと
でも、夫のお給料は預金するほどではなく、夫は職場のことしか考えていないから…
年に何回も旅行するのはその分貯めれば良いのにと思うのは、昔の私の思い方
何の楽しみもない次男に、せめて家から離れる非日常とテレビで見るだけの行ったことが無いところばかりを、ここも行ったね、楽しかったねと言う経験値を増やしたい
そんな思いは遊びたい私の勝手な思い方かもしれないけど
大きな後悔はないけど、今後のことがわからない私と次男の残りの時間
どのくらいつましい生活をすると、なんとかなるという結果が出るような計算でも出来たら良いのにと…
まあ、つまらない日記を書いてしまった
重くて困っちゃうよね^^;
でも、ノー天気なおっかさんの私、言葉にするほど辛いこともなく^^;
夫が何を考えているのかはもう何も見えない^^まあ、見たくもない、かな^^
15年前、私が爆発したとき、次男は俺が連れて逝くとのたまわったから、冗談じゃないわよと怒った
次男だって誰がお父さんと逝くもんかってことだ
コメントは要りません、重くてイヤになっちゃうでしょ、すんまそん
どうしてか自分に甘い私だから、自分のしたことに後悔なんてしない、ああ、バカだったなあとか、何であんなことしちゃったかなあと、台所で洗い物をしながら思うことはあるけど
それ以上のことはない
しょうがなかったじゃない・・・の言葉でごまかしてる
いつの時間までもさかのぼることが出来るとしても私はさかのぼらない
寿命が延びるというのもイヤだ
同じ事をしてやり直すつもりも毛頭無い
夫と結婚したことだって、ごちゃごちゃ言うけど、必要なことだった私の人生の中で
それでも思うのは次男のことだ
夫と結婚しなかったら次男の病気はなかったというそこまでは遡らなくていい
せめてのこと、30年前に、ここに家を買うまでのこと
次男の病気がもっと早くわかっていたら、ここには家を買わなかった
次男の病気が生まれたときにすぐわかるような病気だったら、なんとしても、ずっとアパート暮らしでも、茨城に越したりしなかった
いま住んでいるところは、開発から遅れて、30年前とそうは変わらない
新しい家が出来るたび、きっと少ししたらこの家を背負って東京に戻りたいとか思うんじゃないかなあ?と、どこから越してきたかもわからない人に思う
田舎暮らしがどうたらこうたら本まで出来た時代があった、今はどうなのかわからないけど
Uターンならまだ納得がいく、親類縁者、幼なじみが居て年を取っても淋しくない環境が出来ていたら
Uターンもありかもしれない
でもIターン、Iターンなんて言葉が良いのかどうか知らないけどは、わかってないなあと思う
子どもも居ない熟年が田舎に暮らしたら、近所の接点なんてない
煩わしくても…
東京の子どもたちさ、は、、あだま良いどな、家の孫らの成績が下がっちまうんじゃあんまいかって言ってんのよ
なんて言われながらでも、子どもの関係があれば野菜を頂いたり、家に遊びに行ったり、そういう付き合いもある
けれど、どこからか来た中年以降の夫婦に、なにしてんだっぺと言う目はあっても、丸ごと受け入れるなんて言うのはテレビの画面の話だ…
いい歳になって、これから遊ぶことも出来るのに、映画館は遠い、デパートもない、お芝居観に行くこともない、医者は遠い、遠くなった友だちもなかなか来ない
夫は車の免許を持っていても妻は持っていないという人も多い
夫頼みでいつまで車に乗るのか
Uターンなら、ついでもある、わざわざだって連れて行って貰える、お茶飲みもする
子どもが育って今の我が家の状況、近所の人とのつながりはない…私だけが人付き合いが悪いというのではなく、そんなものなんじゃないかと思う
車の免許の更新に行くと、よぼよぼして歩くのがやっとなのに、免許の更新に来るお爺さんお婆さんが居る
ホームセンターで、歩けないようなお爺さんが運転席に乗り込み、荷物を後ろに積んだお婆さんも助手席に乗って帰っていく老夫婦を見たりする
年を取ったら免許の返納なんて、都会での話だ
公共交通網が発達しているから言えることだ
地域のミニバスしか走っていないところに、自分の都合良く行きたい病院に行くなんて事はなかなか難しいだろう
タクシーに乗ればと言うけど、田舎のタクシーはちょっと走ったら3千円5千円は安いくらいだ
そういう所に住んでいて
お母さんはいつまで車に乗れるの?と次男が聞く
私が車に乗らなくなったら、次男も私もどこにも行けない
例えば離婚してこの家に残ったとして、何の意味も無い
売れるほどの価値もない
私はオリンピックなんて楽しみに思ったことがないから3年以内に死んでも良いなんて勝手に言うけど
私が死んだら次男は生活できない
まあ、テレビに出てくる山村の移動スーパーを頼るように、ネットで食料品も送って貰えるのか、生協はまだ使えるか、1ヶ月に1度は銀行にタクシーで行くのか…
だから、今の家にこのまま残るなんて事が良い道な訳がなかった
宝くじでも当たったら、どこでも歩いて行ける都会、せめて駅のそばに引っ越すことが出来るけど、宝くじなんて当たる訳もなく、買いに行くのもよういじゃない
患者会でも、子どもを残して逝かなくてはいけない親御さんが高齢で、その日が差し迫っているという人が多くなってきた
東京の人ならまだ良い
私の居なくなった後、長男夫婦にどんなふうに負担を掛けることになるのかという心配もある
次男がお母さんと一緒に逝きたいというのも無理からぬことだ
だけどそんな訳にはいかない
だったら、貯金しておけば良いのにと、みんな思うかもしれない、当然のこと
でも、夫のお給料は預金するほどではなく、夫は職場のことしか考えていないから…
年に何回も旅行するのはその分貯めれば良いのにと思うのは、昔の私の思い方
何の楽しみもない次男に、せめて家から離れる非日常とテレビで見るだけの行ったことが無いところばかりを、ここも行ったね、楽しかったねと言う経験値を増やしたい
そんな思いは遊びたい私の勝手な思い方かもしれないけど
大きな後悔はないけど、今後のことがわからない私と次男の残りの時間
どのくらいつましい生活をすると、なんとかなるという結果が出るような計算でも出来たら良いのにと…
まあ、つまらない日記を書いてしまった
重くて困っちゃうよね^^;
でも、ノー天気なおっかさんの私、言葉にするほど辛いこともなく^^;
夫が何を考えているのかはもう何も見えない^^まあ、見たくもない、かな^^
15年前、私が爆発したとき、次男は俺が連れて逝くとのたまわったから、冗談じゃないわよと怒った
次男だって誰がお父さんと逝くもんかってことだ
コメントは要りません、重くてイヤになっちゃうでしょ、すんまそん
大変申し訳ありませんでした
私のコメントで気を悪くされたのでしたら謝ります。ごめんなさい。
でも読み手を考えてアップするのがブログなのです。日記にしたければ自分のパソコンのwordに
保存しとけばいいのです。
やはり読んでほしいからアップするのであって読んでほしくなければアップしなければいいのです。
私ならあなたのようなコメントはしません。
自分の至らないところを教えていただいたのですから、ありがたくうけたまわるのが年を重ねた高齢者のすることです。
まちがえても以後このようなコメントはなさらないように切にお願いいたします。
はじめまして
コメントありがとうございます
人の価値観は色々ですから、お金が無くても遊んでいる次男と私、それで良いと思っています
行けるときに行かなくちゃ、人生何の楽しみもなかったら悲しい
結婚したらどんなにか良い夫になっただろうにと思う次男の優しさを夫と取り替えて欲しいと思うくらいです
良い子ですねと言われたとき、私が育てましたなんて言ってきたけど、次男の優しさは私が育てたからじゃないなあと思っています^^
こんな時間になってしまいました^^;
考えても考えなくても時間は過ぎます、この先のことなんてわからない
夫の母は21才の娘を亡くした後、自由になったように世界中を旅して歩いていました
私は37の次男とまだ一緒に居たいから私は自分が自由になるより、いつまでも次男のことを思っていたいです
それでも毎日の中では、今日の夕飯は何を食べさせようかと思うことぐらいです^^
コメントありがとう^^
素敵な時間のコメントありがとうです^^
そうですよね、こうして書いたからと言ってずっとそのことを考えてる訳じゃ無く、普通に生きている、だってそうするしか仕方が無いんです
私はやっと木曜日に髪の毛カットしてきました、さっぱりしました^^
鳥さんも、散髪、すっきりしてきて下さい^^
長い文を読んで頂いて、コメントまで書いて頂いて申し訳ありません
はじめましてでしょうか
私はつまらないことをぐずぐず書くのが私の趣味ですので、この日記だけではありません
1/3ぐらいに書くようにと学校の先生のように言って頂きましたが言う事は聞かないと思います
これからはどうぞスルーして下さい
お疲れになっては申し訳ありませんから、読まないにこしたことはありません
人生において、愛する人と一緒に歩んだことを刻むことは必要だと思いますよ。
それが、とんとんさんと次男さんの場合、行ったことのない所へ行ってみることなのでしょう。
もし、この先行けなくなる時がきても、互いにその時のことを話し合うこともできる。
あの時行っておいて良かったと思えるのではないでしょうか?
家は今でこそ楽になりましたが、お金もなく家族にみじめな思いをさせたこともありました。
それでも、当時にした貧乏旅行は、お金もないのによく行ったねと今の思い出話になります。
それが励みになってまた、明日があるのだと思います。^^
老いて行く先の問題は
似たり寄ったりで
抱える問題は違っても有るものですが
今日の朝目覚めて、空を見て
暑くなるのかなとか、
ご飯の支度して、洗濯干してと
日常が始まりますね。
今日も宜しく~
文章がちと長すぎやしませんか。せっかく素晴らしい内容なのに、最後まで読むのに疲れ切っちゃいました。次回からは1/3くらいにしましょうね。みなさんイライラなのです。
縁は異なもの味なものっていうじゃありませんか。ここまでどうにかこうにか来られたのです。
お子様の病気のこともたまたま発病したかもしれませんね。よその地でもあったかもしれませんよ。
ここまできたらあと少しです。何事もあるがままに受け入れましょう。
そのほうが精神的にも楽ですし健康的になれます。