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ペトロくんさんの投稿

日ごとの福音405

ペトロくんさん
2017.11.6 3:48
2017年11月6日(月曜日)2:52‐3:46
年間第31月曜日
第一朗読(ローマ11・29-36)
  神の富と知恵と知識のなんと深いことか。
福音朗読(ルカ14・12-14)
  貧しい人、体の不自由な人、足の不自由な人、目の見えない人を招きなさい。

 今日はパソコンの打ち方手順を変える実験を試みましたが、失敗です。
つまりネットの「日ごとの福音」を読み、初めにコピーする箇所(第一朗読)を用意して、
 次に移し替える「このネット(ブログ)」を引き出すのですが、上書きでやってみましたが、やはり前段の「日ごとの福音」がなくなってしまいました。

  …こう書いているうちに、上手く文書が書けません。
 ここまで書き込んだ文章で、読んだ人の理解を得られたのでしょうか。
 書いている本人すら自信がありませんし、読み返してみても”うん”と唸るところですね。
  やはり、推敲を重ね重ねて吟味の必要がいります。
 (以前から、”うん”小学の時から作文が”へた”と担任先生から言われたことがありましたね。それが、ずっ~とこの年まで続いているのと、ボケ症候群に侵されつつある現在を重ね合わせると、納得できる自分が情けないのですが‥)

 さて冒頭から理解不可能のような文章になりましたが、わたしなりに言えば、今日のパウロの手紙の内容もわたしにとっては読書の一人として、大変苦労する文章です。
 長年の付き合い(カトリック信者として)ですから、意図するところは理解しておるのですが、初めてパウロさんの手紙に接する人にとっては??
(言葉の難しさは、主導句とか、導き言葉などの表現で使用していた冒頭句についても言えますね)

 そう言えば、昨日の「主日のミサ」の<聖書と典礼>のパンフレットないし栞?ですが、何時ものように表紙の絵の右隣に一言の言葉があります。
  この日は<彼らは言うだけで、実行しない>とありその下には引用箇所があります。
 括弧で<(福音朗読主導句 マタイ23・3より)>とあります。
   ずっと以前にも確認していましたが、やはり主導句の言葉を用いていますね。

  しかし同じような扱いの「毎日のミサの友」の言葉は、この「主導句」の表現ではおさまりつきませんね。
 ちなみに、昨日の「ネットの日ごとの福音」の第二朗読はパウロさんの「テサロニケの教会への手紙」です。
 覚えていますか、第二朗読の””主導句””を。パンフレットの下段にその主導句そしてお隣さんは括弧でこう書かれます。
 〔パウロは自分のテサロニケの人々に対すれ宣教が、不純な動機によるものでなく、神に喜ばれるためであったことを強調して語る〕
 と、あります。
更にしんせつに、”注”として<幼子のようになりました>と<労苦と骨折り>が記載されます。
 これじゃ、説教台にいる神父さんも必要がない…
 …とある悪ガキが言っていたのを思い出しました。

 ああ、神父さんのお話しを思い出そうとしますが、果て何だっけ!!
(まあ、いいや、このパンフレットで間に合うから…)
 
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