メニュー
ゲストさん
大人のSNSで新しい仲間を見つけよう! つながろう! TOSHIBA dynabook V
麦秋さんの投稿
麦秋さん
麦秋 さんのつぶやき
2017.11.14 19:42
11月14日千葉市は小雨模様、気温は17℃。
 高校時代からの友人と千葉劇場で映画「ネルーダ 大いなる愛の逃亡者 ノーベル賞詩人の言葉が国民の心を動かす!」を見に行きました。
私は今まで南米チリの第二次大戦後の政治情勢、歴史について知る事が少なかったのでこの映画を見て多いに勉強になった。
○ パブロ・ネルーダ(Pablo Neruda、1904 - 1973)は、チリの詩人、外交官、政治家。本名はリカルド・エリエセール・ネフタリ・レジェス・バソアルト(Ricardo Eliecer Neftalí Reyes Basoalto)である。彼はパブロ・ピカソとも友好があった。
チェコの詩人ヤン・ネルダから筆名を取ったが、後にこれを本名とした。チリの国民的詩人として知られる。
○ 「ジャッキー ファーストレディ 最後の使命」で知られるパブロ・ラライン監督が1971年にノーベル文学賞を受賞したチリの詩人パブロ・ネルーダの逃亡生活を描いた「ネルーダ 大いなる愛の逃亡者」。
○ パブロ・ネルーダはバスク系チリ人の家庭に生まれる。
1934年、外交官としてスペインに赴任した。スペイン内戦を目の当たりにして共産主義に接近し、人民戦線とスペイン共和国を支援した。
1945年には上院議員に当選、同時にチリ共産党に入党したが、1948年にビデラ政権によって共産党が非合法化されたため、国外逃亡を余儀なくされた。
○ その後、1958年に共産党は再び合法化された。1962年にはモスクワを来訪し、パキスタンの詩人ファイズ・アハマド・ファイズと出会い、その後も交友が続いた。
○ 1970年の大統領選挙では、一時共産党から大統領候補に推されるが辞退し、社会党のサルバドール・アジェンデが左派統一候補として立候補し当選した。
○ その結果、チリは世界で初めて民主的な選挙によって社会主義政権が誕生した。
○ ネルーダはアジェンデ政権から駐仏大使を任命され、在任中の1971年にノーベル文学賞を受賞したが、ガンに侵されたため1972年に大使を辞任しチリに帰国した。
○ 詩人でありながら、共産主義の上院議員として活動していたネルーダは第2次世界大戦後、チリ政府から追われるようになり、生涯の大半を逃亡生活に費やした。
○ 映画は、1948年、逃亡中のネルーダ(ルイス・ニェッコ)の1年間に焦点を当て、代表作である叙事詩「大いなる歌」が生み出された背景を、警察官ペルショノー(ガエル・ガルシア・ベルナル)からの逃亡劇を絡めてサスペンスタッチで描く。
○ 第69回カンヌ国際映画祭の監督週間に出品されたほか、第74回ゴールデングローブ賞の映画部門で外国語映画賞にノミネートされた。
○ 映像では、ネルーダが逃亡生活のさなかに書き上げた「大いなる歌」が民衆の心をとらえていくさまが切り取られている。
街頭や町のいたるところで、「大いなる歌」に触発された人々が「祖国を血で汚した者に罰を与えよ」「その死をもたらした執行人に罰を与えよ」「犯罪でのし上がった裏切り者に罰を与えよ」「苦しみを命じた者に罰を与えよ」と団結し、決起していく。
○ ネルーダの言葉が貧しい村民や労働者、無実の罪で捕らえられた者たちの心の声を的確にとらえ、国民たちのともし火となっていく姿が描かれており、ネルーダがいまもチリの国民的英雄としてたたえられる理由が推し量られる内容となっている。
おみつcosi cosi 2人がいいねと言っています
コメント
麦秋さん
麦秋 さんのコメント
2017.11.15 12:54
cosi cosiさん見て頂き有り難う御座います。
0人がいいねと言っています
麦秋さん
麦秋 さんのコメント
2017.11.15 8:11
おみつさん見て頂き有り難う御座います。思えば日本人は殆どチリについて知りませんね。新聞、インターネットでもチリに付いて報道は殆ど見ません。
0人がいいねと言っています


御朱印旅のすすめ

モデル募集

脳トレドリル。まずはお試し980円