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麦秋さんの投稿
麦秋さん
麦秋 さんのつぶやき
2017.12.6 19:41
「広辞苑はなぜ生まれたか 新村恭」を読む。
この本は新村出 (1876~1967)の孫、新村恭氏による新村出の伝記である。「新村出の生涯」「真説『広辞苑』物語」「交遊録」からなる。
○ この本は、単に辞書がどうやって作られたかだけのものではなく、「新村出の生きた軌跡」を述べる著作であり、国民的辞書『広辞苑』はその中のどこに位置づけられるものか、が描かれている。
『広辞苑』は、当初は、新村出の「辞海」、「辞洋」がよいとの希望で、仮に「辞海」とされていた。市村宏「辞海」はすでにありますよとのアドバイスはあったが、とりあえずこれで進んでいた。新村出は日記でも「辞海」としている。
○ やがて名前は『広辞苑』と定め1955年に第1版として刊行される。
○ 広辞苑は新村出が編集者であるが、湯川秀樹、朝永振一郎を含む多くの碩学が編集に参加した。また戦後の価値観の激変に対応した編集を行った。
○ 明治から昭和にかけて言語学者新村出の生涯がどのようであったか、時代の移り変わりが人をどのように翻弄してきたか、今を生きる私たちにとっても参考になる記述が多く興味深い。
○ 新村出は当時としては珍しい恋愛結婚をしていること、若い頃の学問や短歌の延長ではなく辞書作りの方で名前が残ってしまったこと、周囲の人に対して律義だったこと、戦争中に息子の猛が治安維持法で検挙されたときの落ち着いた対応などに、その人柄が偲ばれる。
○ 歴史に名を留めている著名な人たちが綺羅星の如く登場し、徳川慶喜、佐佐木信綱、金田一京助、谷崎潤一郎、吉井勇、柳田国男、土岐善麿、斉藤茂吉などなど、文学史の絵巻物を見る思いがする。
○ 新村出は高峰秀子の大ファンであった。また出は徳川国子(慶喜の娘)の家庭教師を勤め、国子が出の初恋の人であったとされる。
一の糸ふぐのひれ酒彦左 3人がいいねと言っています
コメント
麦秋さん
麦秋 さんのコメント
2017.12.7 21:37
彦左さん見て頂き有り難う御座います。
0人がいいねと言っています


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