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人権という言葉は嫌いだ

いのうえさん
いのうえ さんのブログ[カテゴリ:人権とは
2018.5.11 9:38
世界人権宣言。

人権という言葉は、いかつい顔で、よい印象を与えない。
私は、使いたくない文句。

たぶん、日本語訳に問題がある。
「おもいやり」くらいのやさしい言葉なら、
子どもたちも、素直に受け止めるだろう。

人権教育となると、
さらに、嫌な感じ。
教育という言葉が問題。

教育されて、うれしいことがあるだろうか。
私の経験から言っても、教育されたくない。

本当に本人のためになることは、
自然に、こころや身体や頭に染み入ってくる。
教えられなくても、ひとは学んでいく。

私の子どものころ、
最大のテーマは、吃音だった。
誰も何も教えてくれない。
吃音という名前さえ、知らない教師がほとんど。

しかし、「世界人権宣言」は時代を変えた。
この宣言のお陰で、いのちを救われた人が無数にいる。
たぶん、世界中のすべての人が、何らかのプレゼントを受けている。
その多くは気付いてはいないが。

ひとと生まれても、
食べられない、愛されない、教育も受けられない、
奴隷となるしかない、
野垂れ死ぬ人々が数限りなくいる。

私の人生は、ボランティアが中心。
40代と50代は、アムネスティ。
ノーベル平和賞をもらっているNGO。
何をするのかというと、
政府に逆らって投獄された政治囚を
監獄から救い出すのが、主な活動。

約4万人以上を助けている。
ネルソン・マンデラやスーチーさんもその中に入る。

活動内容を聞けば、
余程、危険なことをする団体と勘違いされる。
会員たちは大丈夫なのか心配になる。

そこは、二重三重に安全なやり方を工夫している。
だから、安全過ぎて、ものたりない人が出てくる。

報道する記者や、人権調査する学者など、
危険なことをやっている人は多い。
武器をもつ以上に危険。

悪いことをしている人たちは、
知られるのが、一番怖い。

調べるということは、
身を危険にさらすこと。

真理探究や学術なら、安全。
しかし、社会問題を調べるのは、命がけ。
うららおー海食崖 3人がいいねと言っています
コメント
海食崖さん
海食崖 さんのコメント
2018.5.11 17:21
最近はグローバル展開をしている企業では、CSRとかESGについて(勿論これらの中に人権問題も含まれてますが)きちっと対応しているかどうかが問われ、不足があるとその会社に投資しないであるとか、不買運動もあるようです。

日本ではなじみの薄い「児童労働の禁止」等も主要な議題となっているようです。
勿論児童労働がいけないのは論を待ちませんが、その国の事情によっては、独特の風土等も含め、一律に考え方を押し付けるのはどうかと言った点もあるかもしれません。

日本においても、おとうさんのお手伝いで畑仕事担当、お寺さんの息子さんが檀家さんの家を回って月参り・・・いいじゃないですか
1人がいいねと言っています
おーさん
おー さんのコメント
2018.5.11 16:48
宣言の中にある、平等な権利ですが国が違えば制度も違う、与えられる権利も同じではないですね。
各国の集まりである国連がそこを平等とするなら、各国の制度を同じにすることを目指さなくてはいけなくなります。
また、自由を基礎にしたら、人それぞれ得られるものも違うのだから貧富の差もできるし、親が自分のDNAを残そうとするから、子に自分の富や知識を与えるでしょう。
宗教もまた、自由や権利を縛ります。

宣言には美辞麗句で虚飾された矛盾があると私は思います。
1人がいいねと言っています
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