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とんとんさんの投稿

次男のこと3

とんとんさん
2018.6.24 10:26
11才になった次男は3才だった
3才の次男は退行したせいか長男に対しては2つ違いという事より、もっと上になったような感じになった
妹に対しては、妹に言われたくないという事がずっと有ったようなので、兄であるという思いは有ったのではないかと

退院して家に居るより、早く学校に行こう、刺激が必要だと思った

次男の入院中に、夏休みの工作展のようなことがあって出掛けたとき
3人のこどもが同じ学年のお母さんに会って
うちの子が、次男君がこの頃のテスト100点じゃなかったと言っていたのよ、いつも100点だったから
それは、前にあった脳梗塞の所為だったのかなんて思いながら・・・

3才の次男はクラスメートは遙かに遠い年という感じだった
絵も描けなくなった、工作も出来なくなった
算数もわからない
本を読ませれば、1行とか飛んで読む(後で、高次脳機能障害の症状の1つと知った)
漢字の宿題は、1ページに2時間も掛かった
マヒした右手に鉛筆を挟むと鉛筆を持ったまま歩いたり、お箸もそうだったもう一度はさむのが大変という事かと

汚い字で書いた漢字の宿題に、先生は、赤ペンでもう少していねいにと書いてきた

次男は自然に利き手交換をして
右手から左利きに変わった、人間の体はよく出来ている・・・

おむつは病院で取れたけれど、失禁はよくあった
授業が辛くなると机に突っ伏している、そばの子が、頭が痛いの?と聞けば、うんと言う、保健室に行く
それは次男の居場所のないことからの逃避だったと思う
もちろん頭が痛くないというわけではなくても

迎えに来るようにと言う電話で行くと
担任は大きな声で言ったものだ
これはお漏らししたパンツです、保健室に新しいパンツを届けておいて下さい

5年、6年の大きい子がお漏らしすることなど無い、その今はいたパンツだって、うちが届けたグンゼのパンツだ

他のこども達に聞こえないようにとかいう配慮は一切なかった

中学進学を前に、主治医は養護学校を考えたほうがと言われた
隣の市の養護学校に見学に行った

対応して下さった先生が、ここはIQが30くらいの子が多いです、68のIQというのなら、普通校に行った方が良いと思います
ここに来たら、マンツーマンになります
学校は1人の教室という事よりみんなと一緒の方が良いと思いますから

そのことに納得して、地元の中学に進学した
中学の制服を着ている子が、自転車に乗りながら
道を横切るときどのくらいで車が来るかの判断が付かない、後ろから車が来ても道を空けない、そういう子が自転車に乗っていると思う人は居ないだろう

長男と、ほんの少し通学したが、じきに私の送り迎えになった
中2の10月、その時まで知らなかった情報で、病弱児養護学校を知った
2人で見学に行くと、次男は学校を案内して貰って
私は校長と話をした
校長が言われた
お母さん、今の中学は、3年になったら押し出されて卒業します
こども達をお饅頭に例えたら
形は丸いお饅頭でも、中身に餡が入っていなかったら哀しいじゃないですか、少しでも餡を入れてあげましょうよ
そう言われて、納得した
次男はこの学校が良いと言って
病棟に入院して、病棟から通うという学校に転校した

1時間半の道を、はじめて常磐道という高速を走って、週に3回の病棟通いが始まった
月曜日に次男を送り届けて、水曜日に様子を見に行き土曜日に迎えに行って、の繰り返し

入院しているときにも実家の母と話をしたくなかった、面倒だから病状も言わなかった
夫の母には、寂しくなると電話をした
夫の母はいつも優しかった、あんたは大丈夫かい、といつも言ってくれた

少しして、実家の母は次男のことを
思ったほどのバカじゃなくてよかったねと言った

娘を従姉妹と遊びたいというので泊まりで連れて行くとき、家に置いておけないから次男も行くと
次男はお断りよ、私バカは嫌いだから
と、次姉が言った
海食崖cosi cosishah1758ほなっ日記 4人がいいねと言っています
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