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しょうくさんの投稿

寄席、止せといわれてもーー。

しょうくさん
しょうく さんのブログ[カテゴリ:しょうくの鶏肋日記
2018.7.6 6:48
7月6日(金)
 今朝窓際温度計は、26℃、湿度80%、雨。雨脚はそれほどでもないが、夜半から相当降ってきてるようだ、我が家は高台だから、気にならないが、川の近くの家は、やや心配でしょう。
 こんな日にといわれそうなんですが、ヨコハマ賑わい座、昼席、今日のきぷを取ってしまっている、実は友人のS君がしばらくぶりで行ってみたいという事だったので、確保していたら、昨夕型電話あり、体調すぐれず、明日はやめとく、まあS君、中学高校と同じクラスだった旧友でもあるし、仕方なし、一つ年下のK君に電話、明日空いてる?、病院へ行く予定の日でもなくOkとのこと、午後からの切符無駄にしないで済んだ、私は午前中はいつもの、陶芸工房で遊び、昼で切り上げて、2時からの昼席に,K君とは、賑わい座で落ち合うことにした。

 まあ、水つながり、睡蓮デモ、ご覧ください、賑わい座、横浜市の肝いりで作られた演芸場、大体月初めの10日ほどが、寄席形式の昼席と、夜関。次五の10日ほどが、名作落語やら独演会やら、最後の10日ほどは、その時その時といった具合、横浜市内では、寄席形式の一つだけの演芸場。
 初代館長が玉置博さん、二代目が、先日亡くなった、歌丸さん。昔横浜中税務署だった跡地に作られ、野毛の私にとっては貴重な場所。

 さて,寄席、人を寄せるがゆえに、寄席という、寄せ場ともいう、「嬉遊笑覧」にはそんな風に由来が書かれている.今では寄席というと、落語をはじめとする演芸場。
講釈場、席屋、などという言葉もあったですね。寄席の始まりは、元禄のころ(1688~1704)と言われていますね。神社やお寺の縁日などで、参拝客相手の講釈などが行われたことから発生したのではといわれています。その後に、青空寄席から小屋になり、やがて江戸落語の祖、鹿野武左衛門が、江戸中橋広小路に小屋を作り、木戸銭6文を取って始めたといわれていますね。

 さて、ムラサキシキブが、花をつけ始めました、やがてきれいな小粒の紫の実がなり始めるでしょう、何だかムシムシしますが、今日も早めに出かけて、陶芸工房で土と遊んでから、寄席で楽しんできます、ヨセといわれてもゆきますよ。

 大雨にならぬよう、神仏のご加護をお願いしておきましょう、降り続いている雨ですが、もうこれ以上降らないで、被害ができるだけでないように、お願いしておきます。
 しっかり尼支度をして、土と遊んだ後、笑を楽しんできます・・・・。
ねこ信々亭サムライウーマン涼音ほなっ日記まさかり百獣の弱虫katsu625北写森のフーミン 12人がいいねと言っています
コメント
ぎ~やんさん
ぎ~やん さんのコメント
2018.7.6 7:10
いまや寄席のライブ切符を手に入れるのは至難の業、お友達にはその辺の事情が分からず、ぎりぎりまで返事を保留なさってたんでしょう。武左衛門のころモギリが6文と言うことは、「下駄が4足」買えたわけですか・・・
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