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単子葉さんの投稿

鴨川流域をたどる

単子葉さん
単子葉 さんのブログ[カテゴリ:歴史
2018.7.9 7:12
 大雨で濁った激流に席巻された鴨川、今日の青空
の下でどんな流れを見せているのやら。

(鴨川の濁流)


 美しい景観をなす鴨川の河原も、かつては洪水・
飢饉・疫病で亡くなった人々の死体を集積する場で
あったのです。

 鴨川は、平安京成立以前から、ほぼ現在の川筋で
流れており、高野川との合流地点から上流を「賀茂
川」、下流を「鴨川」と呼ぶようになりました。

(平安京)


 現在の高野川との合流地点二条大橋では、天皇・
貴族が七瀬祓を行う地として知られています。

 二条大橋から鴨川を下ると三条大橋。17世紀半
ばまで、六条河原で処刑された人々の首は、この三
条大橋で晒されております。

(三条大橋・広重画)


 さらに南に位置する四条大橋、五条大橋は、12
世紀半ばに架橋されました。

 このうちの四条大橋は、「祇園橋」といわれるよ
うに、八坂神社の参詣路に架かる橋として、祇園祭
の神輿が渡御する橋となっておりました。

 1935年(昭和10)には大洪水が起こり、鴨川
の水位は市内ほぼ全域で3メートルを越え、四条大
橋付近では5メートルを越えていたといわれます。

 1912年(明治45)に、京都初の鉄筋コンクリ
ート製の橋として架け替えられた四条大橋のみは、
流失を免れました。

 この度の大雨の濁流を見て、鴨川の災害の歴史に
触れてみました。
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