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枯森咲也さんの投稿

”デモを見学”?、野次馬に(恥)(^_^;)

枯森咲也さん
枯森咲也 さんのブログ[カテゴリ:終戦の日  神風
2018.8.16 1:51


今、住んでる街が故郷、なので、帰省の習慣がなく、あまりの猛暑に、プールに行く以外は、引き籠り(笑)。

「高齢者は、今日、行くところがあることが大事」をモットーにしているので、夕方、古本街を、徘徊しようかと(笑)、神保町の駅を降りると、神保町の交差点を取り囲む様に、機動隊と警察官だらけ!

「今日は、終戦の日、なので、右翼が、この辺りをデモして、毎年恒例の様に、靖国神社まで行くので、厳重警戒中らしい」、とのこと。


見ていると、白山通りを、50人くらい?の右翼団体が、拡声器で叫びながらやってきて、神保町交差点を右折して、靖国方面へ進んで行く。・・・

しかし、機動隊が500人くらい?は警備してるので、右翼は圧倒的多数の機動隊に飲み込まれる様に、前進して行きました!


”右翼が1、とすると、機動隊が8、私みたいな野次馬は1”、というような人数比で、野次馬は、物珍しそうに、盛んに写真を撮ってました(笑)。
女性の機動隊員がいることを、初めて知りました。(危険な任務でもあるので、大丈夫なのかな~?)

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35年前に他界した父親は、戦闘機パイロット志願。

陸軍航空士官学校の59期生徒で、終戦時、内地の滑走路が、空爆で破壊され、満州の飛行場で訓練していたため、当時の学校長命令?で、終戦とともに、あわてて帰還し、ソ連の捕虜にならずに済んだので、父は感謝していたようです。

この学校長は一旦、現役引退した後、復帰したらしいが、徳川家の末裔(徳川男爵?)で、パイロットの先駆者として、航空機開発に貢献したらしく、政府にある程度、物が言えるひとだったらしい。


海軍にすり寄って?、陸軍パイロットが神風特攻することに反対して、卒業前の士官学校生徒は軍人でないので、満州にとどまる必要なし、として全員帰還させたようです。他の陸軍部隊とともにシベリア抑留になってたら、父は死んで、私も、生まれなかったかも知れない・・。

父は、生徒だった時、当時、首相兼陸軍大臣、参謀総長を兼ねてた大将が、来訪して生徒に訓示した時、「最新装備と、知識・飛行技術を磨いて、パイロットになれ」、と教えられていたのに、大将は、”竹槍で突進云々・・”の、非科学的持論を、長々と展開・訓示したので、反感・失望したらしい。


その後は、父は教職になったけど、生前は、軍隊を懐かしがることは、一切、口にしなかったです。


原爆・終戦とともに、神風という迷信は吹き飛んで良かったけど、昔の指導者たちは、心のどこかで、神風という迷信を信じていたはず。

西郷隆盛、大久保利通、みたいな、明治の指導者も、現実的に行動して、開国と近代化を促進したけど、攘夷が、叫ばれた幕末に育って、生きてきたのだから、神風を信じていて、その後、政府はずっと神風思想を支持していた。

社会と政府が迷信を支持した事が、非科学的発想と無謀な戦争の原因だと思うので、平和な時代に、66年、低空飛行の人世だったけど、生きてこられて、良かったと感じます。(*^。^*)

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また、台風発生して、週末も暑さが続そう、今年は、本当に異常です。朝、起きるとダルイ。これ以上、台風が、日本に接近しないで欲しい~!
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