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しょうくさんの投稿

横浜の古きを訪ね

しょうくさん
しょうく さんのブログ[カテゴリ:しょうくの鶏肋日記
2015.11.25 9:36
11月25日(水)
 今朝窓際温度計は、13℃、湿度67%、曇り、今にも雨が落ちてきそう。
 昨日,誘われて、横浜の古きを訪ねるなどと恰好をつけて、関内から山下町、赤レンガ倉庫、桜木町まで、ブラリ。Oさんのほかに10人ほど、横浜球場のある、ヨコハマ公園からスタート。

 昨日は、穏やかな日に恵まれ、こんな噴水もそれほど冷たくは感じられず、心地よい良いスタート、日本大通りのイチョウ並木、まだ完全に黄色くなるには少し早い。
 今横浜公園になっているあたりは、開港直後の幕末には、まだ低湿地、そこへ開港後の外国人接待などを目的に遊郭や料理屋が作られたという。しかし、豚小屋火事などと云う名の付いた火災に会ったりしてやがてこの地が公園になり、防火帯として広い日本大通りがつくられたりした。

 これは遊郭であった、岩亀楼の灯篭、ここに保存されている、日本大通りをしばらく港方向へ向かう途中に古い用水路の跡なども保存されている。

 当時のものは、ほとんどがレンガ造り、地下に作られた施設は、そのまま、地下に眠っているものが多く、関東大震災、横浜空襲などで破壊されたものが、地下に眠っていて、新しくビルを建設したりするとき、発掘されたものが、都市発展記念館の庭には、展示されたりしている。
山下町に入ると、レンガ造りの建物で、やっと残った建物が、保存されている。

 48番館、1番館はイギリス館だったと記憶しているが、今その場所には、シルクセンターなどがある。

 居留地だた当時をしのばせる48番館のキーストーンも残っている。明治16年ころのものだとか、長い間、保存のための工事など行われていたが、今度行ってみたら、きちんと整備されていた。レンガのフランス積みという工法らしい、関東大震災で2階部分が抜け落ちたという記録もある。旧モリソン商会の建物だったという。
 だいぶ前にまだ保存工事中にここで説明したとき、一番古いのはわかったが、二番目はどこと聞かれたことがある、私の知る限りでは、残されているレンガつくりの二番目に古いのは、地蔵王廟と記憶しており、明治26年ころのものだったと思うなどと云う話をoさんとしながら歩いた。
 山下町あたりの旧居留地の名残りなどを見て、県庁前へ向かう一番早く作られたという、プロテスタント系の教会、海岸教会、十字架にカラスらしきものが止まっているのを見ながら、開港広場へ向かう。

 ちょうど、祝日の翌日ということもあり、開港資料館は休み。絵画教室の方々だろうか、開港広場付近ではスケッチなどしている方々と出会った。

 日米和親条約の調印が行われたのがこのあたりだという、その開港資料館の中庭にあるタマグスの木は、当時のものの子孫だとかいう。
 ここから、県庁の屋上、象の鼻広場などなどを歩いて、桜木町へ向かったのだが、明日に回しましょう。


 
信々亭かべ鴉cosi cosiまるえ空山Vogelfreitopkat森のフーミンkatsu625@スズジイ@ 10人がいいねと言っています
コメント
涼音さん
涼音 さんのコメント
2015.11.25 21:20
こんばんは!

私は横浜に住みたいと思っていたことがあるんです。
昔、栃木に住んでいたときにダンナが単身赴任で千葉に住んでいて休みの日には
横浜に遊びに行きました。

千葉と栃木ですから・・・何とか無理して日帰りしましたけどね。
横浜では関内にも行きましたし、中華街でごはんを食べたこともよく覚えています。
人形の家に行ったときは・・・・目を丸めた私です。
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まるえさん
まるえ さんのコメント
2015.11.25 10:15
しょうくさん おはようございます

この付近何回か 歩いたことありますが 歴史を考えず ただ見て歩いただけ・・・

解説ありがとうございます・明日も楽しみです
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