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超スローカーブさんの投稿

金閣寺のことあれこれ雑考 (その1)

超スローカーブさん
超スローカーブ さんのブログ[カテゴリ:京都歴史さんぽ
2018.12.7 16:54
 金閣寺は京都で最も有名な観光スポットの一つで、世界文化遺産にも登録されていることもあって海外からのお客様にもたいへん人気があります。
 金閣寺は室町時代の1397年に三代将軍足利義満の住まいとして建立されました。  
 正式には鹿苑寺(ろくおんじ)という名称ですが金閣寺の名前で親しまれています。  
 それは境内の「金閣 (舎利殿)」と云うのですがこの建物が金ぴかの黄金の建物なので自然とそう呼ばれる様になったのでしょう。  
 この「金閣」を「金閣寺」と思われる方も多いようですが、金閣寺と云うお寺はありません。金閣を含めた寺院の総称が「金閣寺」なのです。
 なお、この北山の金閣寺も東山の銀閣寺も、臨済宗相国寺派大本山・相国寺(しょうこくじ)の山外塔頭(さんがいたっちゅう)の一つなのです。

●   位置関係が ?
  
 余談ながら、この金閣寺と銀閣寺は大本山の相国寺を真ん中にしてほぼ同じ距離でしかも直線上に並んでいるのです。  
 地図上で確認していただければわかりますが、相国寺を中心に直線上にほぼ等距離の位置に金閣寺と銀閣寺は建てられています。
   


 これは、あまり知られていませんが、偶然になったとはとても考え難く、後から銀閣寺を建てた足利義政に何等かの意図があったと考えるのがスジでしょうね。  
 その意図は何だったのか知りたいものです。

   
●   金閣の深い意味は ?  

 金閣の外装は実際に見学された方でも、すべてが金色であったとの印象が強いと思いますが、写真の様に実は一層は公家や皇族の住居であるとして神殿造りで金箔は貼られていません。  
 その上に武家造りの層を重ね、さらにその上が極楽浄土を表す仏殿造りになっています。  
 この二層、三層に金箔が貼られて黄金色に仕上げられています。



これは一層の公家より二層の武家が上であることを暗に意味し、さらにその上の三層に出家した義満本人が公武の上に立つ事を暗示して造られたのではないかと云われています。  
 それに、金閣の頂上には、正面(南方)を向く、高さ 108cm の黄金の鳳凰 (ほうおう) が据えられています。
 中国では、鳳凰は天子の出現を予兆する想像上の瑞鳥 (ずいちょう) と云われています。
 このことも義満が天皇の座を狙っていたのではないかとする説を補強しています。
 黄金に輝く金閣にこの様な深い意味が込められているとするなら、まさに義満のすごい自己顕示欲がうかがわれますね。



 金閣寺は建立されて以降、応仁の乱も含めさまざまな災難に巻き込まれています。
 ところが、幸いなことに金閣だけは消失をまぬがれています、よって鳳凰も無事でした。
 それなのに、このスローネットの方ならご存知の方もおられると思いますが、昭和 25年に見習い僧侶の放火で金閣は全焼しました。
 

    参考のため 当時の新聞写真です (ネットより)
 これで鳳凰も消失かと思われたのですが、何と鳳凰はその時は修理中だったのです。この時は二代目鳳凰と交換されていて初代鳳凰は運よく難を免れました。
 今は本山である相国寺境内の承天閣美術館に大切に保管されているそうです。
 この鳳凰は尾が折れているようなのですが金閣寺創建当時から残っている唯一の遺物になっています。


   参考のため 初代鳳凰の写真です (ネットより)
 黒くなっていますが、創建当時は金箔が貼られていて黄金に輝いていたと云われます。
 現在の金閣頂上の鳳凰は 4代目で 昭和62年の昭和の大修理のときから新しく取り付けられています。


●   鳳凰は避雷針も兼ねてる ?

 この鳳凰については私見ですが、避雷針のアース線ははっきり分かるのですが、写真を拡大しでみても避雷針の先端にあたる突針がどこにも見当たりません。
 アース線は鳳凰の足に繋がれている様に見えるので、ひょっとすると銅製の鳳凰自身が避雷針の突針を兼ねているのではないかと考えます。
 (この件 ご存知の方 お知らせください)  





 つづく
ほなっ日記ねこ丸サムライウーマンつねさんenjoy白髪鬼@スズジイ@愛楽 園コキリコ 15人がいいねと言っています
コメント
つねさんさん
つねさん さんのコメント
2018.12.7 20:44
スローカーブさん 見事な解説です

私は 銀閣寺の方が わび さび があって好きです

当時 アース(線)なんて なかったと思います 近年になって接続したものと 推察します
したがって

銅製の鳳凰自身が避雷針の突針を兼ねているのではないかと考えます。  私もそう思います。
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超スローカーブさん
超スローカーブ さんの返信コメント
2018.12.8 2:54
 つねさん    コメントありがとうございます。

 金閣寺と銀閣寺はよく対比されますが、3代と8代では時代背景が大きく違うのでいろいろと違いがでてきても当然でしょうね。
 京都的には銀閣寺なのでしょうが、観光客の多さは圧倒的に金閣寺ですね (笑)

 避雷針が日本に導入されて文化財に用いられたのは明治8年が最初で、金閣寺にいつ採用されたかは不明です。こんな辺も知っている方がおられればと思っています。

 宇治の平等院鳳凰堂にもほぼそっくりな鳳凰が据えられているのですが、こちらも写真を拡大してチェックしましたが突針は見当たりませんでした。
0人がいいねと言っています
コキリコさん
コキリコ さんのコメント
2018.12.7 20:15
今晩は。
銀閣寺についは「ぶらたもり」でも最近放送してたのですが、なんと昨夜、NHKで
また取り上げてましたね。例の「名前について」の番組でした。
金閣寺は金箔が張られてるが、銀閣寺には銀箔ははられたことがないのに、
なぜ銀閣寺と呼ばれるようになったのか? という面白い番組でした。

超スローカーブさんのブログの続きが楽しみです。
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超スローカーブさん
超スローカーブ さんの返信コメント
2018.12.8 2:38
コキリコ さん   コメントありがとうございます。

 私も「ぶらたもり」はよく見ているほうですが見逃したのでしょうか。
> 金閣寺は金箔が張られてるが、銀閣寺には銀箔ははられたことがないのに、
なぜ銀閣寺と呼ばれるようになったのか? 
 面白そうなテーマですね。NHK の番組ですか、チェックしてみます、情報ありがとうござすます。
 わびさびの心などいろいろな理由は考えられますが、義政のころは経済的に困っていたからではないしょうかね。
1人がいいねと言っています
コキリコさん
コキリコ さんの返信コメント
2018.12.8 20:42
今晩は。

再コメントです。
実は銀閣は建てた当時は黒い漆塗りだったそうです。
ところが100年もすると黒い漆は白っぽくなるんだそうです。
で、江戸時代初期にかかれた、今でいう「旅行案内書」に間違って
銀閣寺って名前が付けられ、金閣寺との対比で、面白いということで
受け入れられていったということでした。
1人がいいねと言っています
超スローカーブさん
超スローカーブ さんの返信コメント
2018.12.9 1:03
こんばんは。

 そうでしたか。ありがとうございます。
まだチェックできずにいました。
 間違って付けられた名前がいつの間にか正式名とか通称名になったという話は他でもあった様な気がしますが今すぐには思い出せません (苦笑)
 やはり同じ足利一族が建てたものなので、自然と対比され銀閣寺になったのでしょうね。
余談ですが、京都には銅閣寺もあるのですが、ご存知でしょうか。
0人がいいねと言っています
サムライウーマンさん
2018.12.7 17:17
社会科の先生でも
ここまで、詳しくは教えてくれませんね!
感激です!
1人がいいねと言っています
超スローカーブさん
超スローカーブ さんの返信コメント
2018.12.8 2:24
サムライウーマン さん   コメントありがとうございます。

 社会は小さい頃から好きでした。
先生が秀吉好きなのか、秀吉絡みの話しをいろいろしてくれたのを覚えています。
その先生は長浜出身だったので後年納得したしだいです (笑)
0人がいいねと言っています
百獣の弱虫さん
百獣の弱虫 さんのコメント
2018.12.7 17:09
こんにちは、
金閣寺は再建二年目に修学旅行で行きました、
その美しさに驚いた時の事が蘇りました。
1人がいいねと言っています
超スローカーブさん
超スローカーブ さんの返信コメント
2018.12.8 2:18
百獣の弱虫 さん コメントありがとうございます。

 私は近くなので何回か行っていますが、それでも、角を曲がって金閣寺が現れると、その都度その美しさには感動しています。
 いつ頃からか、海外からの観光客で静しょうけさが消えて、少々落胆しています。
今も、修学旅行生多いですが、昔のように団体でなくグループ単位で行動しているようなので、その制服に圧倒されることはなくなりました。
1人がいいねと言っています
ほなっ日記さん
ほなっ日記 さんのコメント
2018.12.7 16:57
あんさんの日記に
三島由紀夫の金閣寺を 思い出してます
久しぶりに
もう一度 読んでみますね

  うんうんっ
1人がいいねと言っています
超スローカーブさん
超スローカーブ さんの返信コメント
2018.12.8 2:07
ほなっ日記 さん   コメントありがとうございます。

 ちょうど、「読書の秋」ですね。
余談ですが、三島由紀夫が自決したとき、私はその時間帯にけっこう近くにいました。
 見習い僧さんいろいろストレスがあったようですが、よりによって国宝に火をつけるとは…
1人がいいねと言っています
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