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OHUFJ オートバックスペダルの見張り番Ⅱ
とんとんさんの投稿

木のてっぺん

とんとんさん
2019.7.16 18:32
大昔、もう50年近く前のことを語るなんて何だか嘘のような気分だ

でも、その大昔
園芸高校の高校生だった頃
授業の中に盆栽というのがあった
雨が降らなければ普通は、盆栽場で、先輩達が作った盆栽の葉刈りをしたり、草を取ったり、畑に植えてある苗の鉢揚げをしたり・・・
取り木をしたり・・・

雨が降ると、先生の授業になる
浅野先生というその先生は、授業中、先生の目を見ると、その目が逃げるものだから、じっと目を見ていて、先生をたぶん困らせていたと思う^^;

とても優しい先生だった

実習の中で、杜松の盆栽を作るとき、1つの鉢の中に、年月を感じさせる手法として、杜松の木の皮をむくというのがあった

私は、授業をサボったことはないので、休んだこともないと思うのだけれど,聞き逃したのか
どうして皮を剥くのか解らなかった・・・

それが、10年ぐらい前・・・六甲だったかケーブルカーに乗った時、初めて解った

古くなった木の先の方が、木の皮が剥けていて、盆栽の実習で習った姿そのままだった

ぉぃぉぃ、これを知らないまま木の皮をむいたって、なんのこっちゃかわからないよ、と思ったけど、何だか面白かった

こういう木の皮を剥けたような、それを1つの盆栽の鉢の中に現すことで、年代を織り込むという事だったのかと

何十年も経って知るというのもバカな私かもしれないけど、そうかそうかとがてんがいって、先生の顔が浮かんだ

部活の盆栽班は、活発に活動していたけど、私は授業だけだったから、それほど詳しくは覚えていないし、知らない

空の雲を上から見たのと同じように
高い木のてっぺんを見ることが出来るというケーブルカーに、昔の人には考えられない景色だったのだろうなと、思いながら、ケーブルカーを楽しんだ・・・

なんか私、変な奴かもしれない^^
鳥のようにチャミィコキリコ流星飛翔ほなっ日記cosi cosi@スズジイ@ 8人がいいねと言っています
コメント
鳥のようにさん
鳥のように さんのコメント
2019.7.16 19:08
こんばんは
植物の関係で同じ様な事を最近体験しました、
西田佐知子さんの古い曲で『アカシヤの雨が止む時』ってのがあって、
まだ中学生だったかも知れません、
どんな雨なのか疑問を抱いたまんまで数十年を経てこの六月だったかに、
ああっ‼️これなんだと実感しました、それは朝の散歩でした
風が強い日で、もう終わりかけのアカシアの木の下を通ったのです、
白い小さな花ビラが散る様子が、まるで雨の様でした、(^^)

時を経て知る事ってあるんですね。
1人がいいねと言っています
とんとんさん
とんとん さんの返信コメント
2019.7.16 21:13
こんばんは^^
そうだったんですね^^
アカシヤの雨が止むとき・・・アカシヤの雨を実感したんですね^^
何か良いなあ
私の杜松のむいた木の枝よりずっとロマンティック^^

時間と、その年の感性の問題ですね^^
コメントありがとうございます^^
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