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昭和天皇の「生の声」

ブルース・カンさん
2019.8.21 11:39
初代宮内庁長官を務めた故田島道治が昭和天皇とのやりとりを記録した資料が19日公開された。
日本の独立回復を祝う1952年(昭和52年)5月の式典で、昭和天皇が戦争への後悔と反省をから
表明しようとしたにも関わらず、 当時の吉田茂首相の反対で「お言葉」から削除された詳細が明らかに
なった。
昭和天皇から退位や、改憲による再軍備の必要性に触れるやりとりもあつた。

田島は48年、宮内庁の前進である宮内庁府長官に任務、49年から53年まで長官を務められた。
資料は「拝謁記」と題された手帳やノート計18冊。
遺族から提供を受けたNHKが公表した。

拝謁記には昭和天皇が式典でのお言葉に「私ハどうしても反省ちいふ字をどうしても入れねばと思ふ」
52年1月11日と述べたことが記載されていた。

吉田首相は「戦争をお始めになった責任あるといわれる危険があると」と反対。
昭和天皇につたへられ、お言葉から削除された。

研究書で内容は指摘されていたが、今回、詳細が判明した。

軍部が暴走した 張作霖爆殺事件(28年)や青年将校による二・二六事件(36年)、
太平洋などの回想も登場。
「終戦で戦争を止めるくらいなら宣戦前かあるいはもっと早く止めることができなかったか
といふやうな疑を退位論者でなくとも疑問を持つと思う」といつつ「事の実際としてハ 下剋上
でとてもできるものではなかった」(51年12月17日)と後悔を記している。

・南京事件」にも触れ ひどいことがおこなわれている。 このことを注意しなかった と 悔やんだ。
・退位の可能性は繰り返し言及。

・独立回復を祝う式典nお言葉を検討する中では 国民が退位を希望するなら少しも躊躇せぬことを
 書いてもらいたいと。

 こように昭和天皇の苦悩が明らかにされた。まだまだいろんなことが明らかにされてきた。
 遺族の方よくNHKに資料をお出しになったともっています。
 これで史実にもとづいた昭和史を知ることができます。

これをもとに私もライフワークとして昭和史を書き換えたいと思っています。

2019・8・21
ほなっ日記画哲真実一路流星 4人がいいねと言っています
コメント
きぃたんさん
きぃたん さんのコメント
2019.8.21 14:02
> 日本の独立回復を祝う1952年(昭和52年)5月の式典で、
昭和27年かな
省略しているのは西暦かな
0人がいいねと言っています
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