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しょうくさん
しょうく さんのブログ[カテゴリ:しょうくの鶏肋日記
2019.8.23 6:47
8月23日(金)
 今朝窓際温度計は、28℃、湿度78%、くもり。何かドンヨリ、して蒸し暑いとまでは行かないが重い暑さを感じさせる風が少し。
 昨日はちょっと近所を歩いただけで、土偶に関する写真と沢山追っている本を読んで過ごした、縄文期、道具としての各種の土器、多くは鍋みたいにして使われていたようなもののほかに、土偶も作られていた、その代表みたいによく出てくるのが、こんなもの。

 エエエ、これは出土品ではありません、大分前に子供たちに土器作りなどをやったとき、触ってよいよという意味で私が作った、土偶です、ほかにいくつか土器の壺というか鍋に使ったと思われるものも自作して、思う存分子供たちに触らせました。
 この手の土偶は、たぶん祈りというか呪いというか、そんな意味合いで作られたのではないかと想像されています。

 遮光土偶といいますか、博物館で写しても良いという場所で写したものです、青森あたり、割合に北の方でよく出土するものですね。
 縄文期と一口にいますが、何しろその期間は長い1万年くらいは間違いなく続いているわけですから、まあ実に多種多様なものが出現します。
 縄文の草創期には、ほぼ全国的にというか、北海道から九州あたりまで、土偶の出土が見られるようですが、その後、東北から関東地方くらいまで、出土・発見例は多くありますが、西日本から九州へかけては発見例がとても少ないようです。

 ちょっと驚いた出土例を見つけました、入れ物と土偶が一緒になったようなもの、高さは15cmくらいのものだといいますが、丸底の深鉢型の土器に粘土の塊を塗り付け眉,鼻、目、口をくっつけた、土偶というか顔面付きの鉢というか、こんな出土例もあるとのこと。壺をひっくり返すと、顔になる。
 縄文人のお遊びだったのか、何か目的があってのものなのか、聞きようはありませんね。千葉県の成田での出土例だといいます。

縄文のビーナスなどといわれるものが有名ですが、こんな形のものもあったようです、群馬県安中市での出土例だといいます、群馬県あたりは、関東地方での古墳などが相当数ありますし、埼玉県の行田付近も大きな古墳がありますから、其れよりだいぶ前に、多くの人々が暮らしていたのだろうと、思われますね。この土偶高さは19cmくらいだといいますから、案外大きい。縄文後期のものだといいます。

 前のものに比べると、こちらは結構足長ですね7頭身くらいでしょかね、こちらは、北海道函館の出土だといいます。中空だといいますから、中々技術的には優れています、それに高さが何と41㎝といいますから、中々大きなものです。
 黒漆が検出されたとかで、出来た当時は、彩色されていた可能性があります、こういった優れものが北海道にもあったということです。
 土壙墓からの出土といいますから、葬送儀礼に使われたのかもしれません。縄文後期のものだと考えられているそうです。
 まあこんなことで、縄文の時代に思いをはせて、いろいろ妄想などして昨日は過ごしました、さて、今日は金曜日、いつものように陶芸工房で遊んできます。暑さもちょっと緩んできている様子ですね、高校野球も終わり、夏もいよいよ終わりですね。
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コメント
夢ホタルさん
夢ホタル さんのコメント
2019.8.23 8:18
おはようございます

縄文時代は一万年も続いたと言われますが、気の遠くなるような
年月ですね・・
土器土偶など見つめていると何故か不思議な気持ちになり、その時代の
人々の息遣いが伝わってくるようです。

わが町にも貴重な出土品を展示してある考古博物館が有ります。
昔は畑を耕せばたくさん矢じりや土器が出たと言います。
私の家の田んぼの脇にも丸山古墳が残っております。

夏休みに公民館主催の子供夏祭りには、考古学の長老が子供達に
勾玉作りを教えております。
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しょうくさん
しょうく さんの返信コメント
2019.8.23 17:29
土をこねて遊んでると、昔の人たちどんな気持ちだったのかな―など、いろいろ妄想を楽しんじゃいます。
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コキリコさん
コキリコ さんのコメント
2019.8.23 7:36
縄文文化が北方に多いというのも、意味深ですね。
やはり樺太から宗谷海峡を渡ってやってきたヤク―ト人あたりが先住民だったのか……。

土偶の芸術性に注目したのは岡本太郎だったか、はっきり記憶してないが、
もっと早く気づいていたら、保存数も増えたかも。
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しょうくさん
しょうく さんの返信コメント
2019.8.23 14:57
土偶もずいぶんいろいろあるようです。
もっとも作られている期間が弥生時代の何倍も長いわけだから、数あって当然ですが。
まだまだこれからの発見があるかもしれません。
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ごろちゃんさん
ごろちゃん さんのコメント
2019.8.23 7:21
遮光土偶を見に、青森まで出かけました。何十年前だったやら。秋田のミステリーサークルといっしょだったけかな?

まあ、本物は迫力ありますよ、女性の生命力はすごいって思いましたね。寂れたとこで、公民館みたいなとこでしたね。十二湖のラーメンの記憶が強くてあまり記憶なない。もともとおりこうさんじゃないもんでね。
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しょうくさん
しょうく さんの返信コメント
2019.8.23 14:19
青森に住んでいたので、青森はそこそこに知ってます、もっとも4年間でしたけど。
遮光土偶、木造駅、土偶の形の駅、有名になりましたね。
十二湖にラーメン屋、世の中進歩しますね。
私の居たのは昭和も50年代の初めでしたから、静かな緑色の綺麗な十二湖を眺めるのと、不老不死温泉の露天風呂くらいしか記憶にありません。
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ぎ~やんさん
ぎ~やん さんのコメント
2019.8.23 6:55
びわ湖畔に「銅鐸博物館」がありましたけど、さて土偶が陳列されてたのかどうか、記憶が定かではありません。
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しょうくさん
しょうく さんの返信コメント
2019.8.23 7:04
出土例が、東北。関東甲信などに多いようですから、関西は、土偶の出土例が少ないからあるいはなかったかもしれませんね。
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