歯無し（噺）家：笑福亭円笑コラム

歯無し（噺）家

　私事ですが先ごろ、京大病院で歯を抜きました。正に歯無し（噺）家に。
　先ず驚いたのは、テレビドラマや映画に出て来る様な”立派で壮大”な手術室に入るんです。
　歯一本抜くだけですから、まァ局所麻酔は別として、手術ベッドに乗せられて、色々な医療器材がずらり並んでます所にそ～と。まァ、それだけ管理された下での手術。正しくは＜デイサージャリー＞日帰手術ッて事で御座んす。
　あたしの居間より大きな手術室。亡き骸でも乗せる様なベッドに寝るだけでビビりました。歯一本抜くんでも、内臓手術すんでもその部屋使うそうです。
　近代医学の粋を極めた手術室で治療されたのですから殊の外の記念品と云えましょう。
　所で、落語のほうには＜お医者さん＞を扱った噺が随分ありますネ。
　犬の目を人間にいれる。夜目遠目が効くのはいいけど、柱みるとオシッコするようになります。なんて噺。
　現代の様に、意志になるのに国家試験など昔はありませんから。
　「親爺が死んじまって道具が残ってるんだョ。勿体ないよ。仕方ないから医者でもやろうか」でも医者と云う。
　良く薮医者なんてェ事いいますが、薮ならまだいい方で、薮まで行かない竹の子医者。薮からは雀が飛んで来る。雀医者。
　こんなのに関わった患者方が飛んだ災難。だんだん患者が来なくなりますネ。
　所がどッこい、人間てェのは頭が宜しい。何んとか患者逃がさない様にてんで…、考えついたのが＜手遅れ＞なる言葉。
　「う～ん、お気の毒ですな。これは万端手のほどこし様がありません。手遅れですナ」
　「先生が手遅れとおッしゃるんだから仕方がない。あきらめましょう」
　なんてんで…旨く行く。所が、この手遅れも、そうそう旨く行くとは限らない。
　「先生。兄貴が屋根からおッこちゃッたんで。診てやってくんねェ」
　「何に、屋根から落ちた。そりゃァ大変な事になりましたネ。。どれどれ、診て進ぜよう。う～ん、こりゃあ手遅れだな」
　「手遅れ？　冗談云っちゃァいけねェ。手遅れたッて先生、今落ちたんだョ」
　「今落ちた。う～ん落ちない前に連れてらッしゃい」
　話しは下に戻りますが、前述の京大病院。まァ、近代医学の最先端を表現するかの如く色々な機器や見慣れない物がずう～と並んでました。唯、あたし達子供の頃、お医者さんと云えば＜聴診器＞首からぶらさげてる。
　まず、＜聴診器＞を胸にあてる。これが病院での第一歩。そうした想い出が強いんです。けれど、今こんな姿、何処の病院でも見られませんネ。
　データー・データー・パソコン診断。そんな気がしてなりませんが…要は病気が良くなれば結構。
　それにしても、まァいぞこの病院でも患者さんの多い事。待合所なんぞ、お楽しみ広場・日々のうさを晴らす処。
　一方、あたしら噺家から見ると新作落語が出来る（現に大勢の噺家が病院風景を風刺した根多を頂戴してますが）
　平凡ですが丈夫が何より。お互い体だけは大事にしましょう。命より健康!?　笑福亭円笑でした。

※作者の意向を最大限尊重するため、文中の表現は原文通りの掲載を基本としております。