東京シティガイド【5】「本当にできんのかあ」光線の恐怖
シティガイドのお仕事というのは、営利非営利を問わず、お客さまからリクエストがきて、お引き受けし、ご要望に即してコースや内容を設計し、ご案内するというのが普通の流れです。でも、「ボランティアでガイドをやっているんですよ」と日ごろ話していると、友人たちから「じゃあ、あそこを案内してくれませんか」というご用命がくることもあります。「案内してみろっ」(できんのか、本当に)という、上から目線のご用命もないわけではありません。
今回はそんな、上から目線から始まった、どんちゃかガイドの巻であります。
よく言えば、異業種交流会ということでしょうか。勤め先も、業種も、育ちもなにもかもが違う者たちが、ひょんなことから知り合いになり、折に触れて、飲んだり食ったり、遊んだりしている緩~い集まりがございます。もう、10年以上の付き合いですから、当初の知り合ったきっかけもよく覚えていないような、へんなおっさんたちの集まりであります。
ただ、弁護士やら銀行員やら、新聞記者やら、建築家やら、元華族やら、エンジニアやらなんやらと、世が世ならいっぱしのプロフェッショナルズと言えなくもない、でもとてもそんな感じはしない、オーバー還暦者も多数いる集いです。知的レベルとアルコール度数は負けません、と自負する面々です。
そんな集まりですから、最初から「できんのかあ、本当に」光線が、ばしばし飛んできます。「俺の方が知ってるぞ」光線もまじります。ガイドを始めたころ、内心もっとも怖れていたのがこの光線でした。幸い、現実に出会ったお客さまは皆、心優しい、好奇心と向学心にあふれた方々ばかりでした。
でも、今回のお客さまは違います。ワイルドというか、遠慮がないというか。ガイドそっちのけで自分からうんちくを語り出したりして、とどまるところがありません。
ところは、東京ガイド業のメッカ、浅草です。きっかけは歌舞伎通の男(外形が似ているので、以後、熊さんと呼びます)のつぶやきで、「銀座に歌舞伎座があるけど、昔は江戸には歌舞伎座が三座あって浅草に……」と語りだしたところ、「じゃあ、浅草で飲みましょうか」となり、ついでにガイドの腕前を見てやるか、とこっちに矢が飛んできたのでした。
梅雨が明けたばかりの蒸し暑い6月のある夕方。仕事を放り投げて恥じない一同5人は、浅草観光文化センター前に集合しました。メインの夕餉は、老舗の天ぷら『中清』と決まっていました。仕上げはやはりデンキブランを避けては通れないことを、全員が熟知してのスタートです。与えられた時間は2時間(!!!)。
がゆえに、通常のガイドなら真っ先に行く(はずの)浅草寺はすっ飛ばすという荒業に打って出ることにします。まずは、エレベーターで文化センターの屋上に上ります。(ここは絶対にお勧めの場所です)
一同:「おおー! この景色はいいねえ」
Neji:「浅草寺につながる有名な仲見世は全長は250メートルあるのですが、入り口に見える門の正式な名前はご存知ですか?」
一同:「雷門。」
Neji:「雷門は通称で、正式には風雷神門といいます。この門は、江戸末期の火事で焼けてから。昭和のある時期までなかったのです。とある人が寄贈して復元されたのですが誰でしょう?」
あれ?誰も知らない?
Neji:「(ちょっとドヤ顔で)松下幸之助さんです。」
すると、すぐに「あー聞いたことある。 何かのお礼に建てたとか…」。(男らしく無知を、負けを認めることを潔しとしない輩ばかりなのです)
Neji:「はい、関節を患っていた松下さんが、浅草寺にお詣りしたら治癒した。それに感謝して雷門を寄贈したそうです。ぶら下がっている650キロもある提灯に松下電器とかかれているのもそういうわけです。」
すると、別の話題が飛び出してきました。元殿様の不動産業の男が「この仲見世の店舗、消えるかもしれんぞ!」
一同:「じぇじぇじぇ~~~」
元殿様:「何でも、家主が東京都から浅草寺に変わって、家賃が16倍になると聞いておる。」
さすが殿様、不動産王!?
屋上からおりても浅草寺には見向きもせず、隅田川方面に歩き出しました。後ほどお世話になるであろう『神谷バー』(デンキブランが売り物のお店であります)を横目の隅でちらりと確認しつつ、吾妻橋交差点を渡って隅田川河岸を北に上ります。
「このあたり江戸初期は橋がなく、すべて渡しでした。この界隈にもいくつか渡しがあって…」などと話していると、建築士の男が「何で橋なかったのだろうかね?」。なかなか良い質問ですな!(Neji、心でニヤリとツブヤク)。垂れていた釣り糸に魚がひっかかった感触と似ています。浮きが、ツツツーと水中に引き込まれるあの瞬間です。
Neji:「この大川(隅田川)は外堀の役目を担っていて、江戸幕府は北方面の防御のために橋を架けなかったからです。最も恐れていたのは有名な仙台藩伊達家です。ところが、1657年に明暦の大火という大火事が起こり、2日半燃え続けた江戸は町の60%が焼けて、10万人を超える人が亡くなった。西からの風に煽られた炎で、大勢の人が川端で命を落としたそうです。別名が振袖(ふりそで)火事といって、地震や戦争に関連しない単一の火事としては世界最大の火災といわれています。」
すると、また建築士が「何で振袖火事って呼ばれるの?」(再び、ツツツーと浮きがひきこまれます。釣りはやめられまへんなあ)。
Neji:「麻布の質屋の娘が、通りすがりの若者に一目ぼれして寝込んでしまった。不憫に思った親が、その若者が着ていたのと同じ紋様の振袖を誂え着させたが、思いやつれて死んでしまった。その振袖は、質屋の菩提寺である本妙寺というお寺に納めました。」
(このあたりからガイドは舌が巻いてきます。水面からジャンプして抵抗する獲物の魚を、リールを巻き上げながらどんどん引き寄せていく感じといいますか…)
Neji:「その振袖がぁ、今度は別の店の娘が着ることになったんだけどぉ、その娘も死んじまって、また本妙寺に納まった。振袖はさらには麹屋の娘の手元に渡ったんだが、なんとなんと、この娘もなくなっちまったあ~」
Neji:「本妙寺の住職や親は、『三度も悲劇が起きては、振袖を供養せにゃなるめえ…』と、娘の葬式の時に燃やすことにした。その葬式の日に、燃やした振袖が風に煽られて、寺の軒先に燃え移っちまったのが火事の発端でさあ。別のとこからもシがでて(火が出て)、ついには江戸城の天守も焼いちまった。」(かなり端折っております。また、真偽のほど諸説あります)
建築士:「これは面白いけど、悲しい話だなあ…」(魚が無事、釣り上がりました。一丁上がり、とはこのことか)
さて、歌舞伎です。「ここが猿若町でーす」と、ゆかりの町を指し示すと、歌舞伎と聞いては黙っていられない熊さんの口が滑り出します。
熊さん:「え~~、市川団十郎があ… 中村座はむかし猿若座といって、日本橋と京橋の間にあったのだけど、幕府から引っ越しを命じられて、人形町や木挽町に移ってから、ここ浅草にきたのでこの名前があ~…」
熊さん:「河原崎座ってえのは、森田座の控櫓(ひかえやぐら=もしもの時のピンチヒッター劇場)なんですがあ、森田座はどうも経営がうまくなくてえ、控の河原崎座のほうがしっかりやったので、地図には河原崎座と書いてある…」
ガイド役をそっちのけに、とどまるところを知りません。歌舞伎談義が大炸裂です。一方、歌舞伎に関心のない多くの輩は、スマホで写真を撮ったり、観光客のお姉さんに話しかけたり。もはや、誰もガイドの話なんぞ聞きません。学級崩壊というのは、こんな感じなのでしょうか。あきらめモードになった瞬間、のどが渇いて、おなかが空いてきて…
「あ~~~ビール飲みたい!」
天麩羅屋『中清』に到着すると、遅れてきた弁護士と新聞記者が既にビールでのどを潤していて、「勉強になったかな?」と、いつもの調子(=ちょっと上から目線?)で上機嫌です。
これぞ老舗!の天ぷらはこの上なく美味で、日本酒が進むこと進むこと。これでもかというほど頂戴しました。その後に、お決まりのもう一軒の老舗『神谷バー』にお邪魔して、予定通り、デンキブランでとどめを刺し、全員出来上がりました。
少しはお役にたったかなあと思いつつ、時として突拍子もない質問を繰り出すOYAJI軍団に感謝しつつ、楽しいひと時はあっという間に過ぎました。
お読みいただきありがとうございました。
皆様良いお年をお迎えください。
■Slownetよりおまけの情報・天麩羅屋『中清』
浅草デートに行くなら、この街でしか楽しめない風情を味わいたい。江戸前天婦羅の『中清』なら外観もアプローチも全てにおいて楽しめる!
高級旅館お泊りデートの予行演習!浅草の超レトロな老舗個室で贅沢に天婦羅を楽しむ!https://t.co/3jEXkI9CPw pic.twitter.com/UKdzP0VyKD
— 東京カレンダーTokyoCalendar (@tokyo_calendar) 2018年2月27日
還暦チョイ過ぎ「ちょい悪オヤジ」になれないちょいと残念!なオッチャンです。鉄道模型(Nゲージ)好きで新しいジオラマを画策中、が妄想の独り歩きで手が動かず…老人ホームや小児病棟の子たちにジオラマを持参して見せてあげるのが夢です。 家族の顰蹙をよそに、とうに卒業した娘の女子校で出会った父親仲間(通称:卒業できないオヤジ達)との交流を楽しんでおります。
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ここしばらく、お江戸にご無沙汰でした、さて、久しぶり行ってみるかなー。
文化センターの屋上是非行ってみよう・・・。
東海道ガイドとは違った、ガイドのネタがいっぱいがありそう・・・。