東京駅の地下通路を八重洲に抜ける途次でした。コンコースの方からハーモニカの音が流れ、足が向きました。広いコンコースの隅で、労務者風の初老の男がハーモニカを吹奏していました。

　作業服に作業帽、足元はゴム長です。天窓からさす日に、ときおりハーモニカがきらりと光ります。耳を澄ませば、「波浮の港」という曲でした。

　　磯の鵜の鳥ゃ日暮れに帰る
　　波浮の港は夕焼け小焼け
　　明日の日和は　ヤレホンニサ凪るやら

　野口雨情詞中山晋平曲だったと思います。数人が足を止めて聞き惚れていました。明らかに名手だと分かります。

　しかし、この男は何者で何でここで吹奏しているのでしょうか。想像を膨らませながら私は八重洲に急ぎました。