1. 雨の夜の家のどこかで虫鳴けり
2. 島の夜は早くて暗し虫の声
3. 独り居の淋しさつのる虫の声
4. 病棟のあかり煌煌虫の声
5. 庭園灯しずかに照らす虫の声
6. 追伸に早や虫の音の一筆箋
7. 曲屋の土間の暗さや虫の声
8. 虫の音を余白に込めてペンを置く
9. 名月や知床そろりきたきつね
10. 名月に寄り添ふやうにエアーバス
11. 名月に影向の松老いにけり
12. 名月や影となりたる浮御堂
13. 山嶺のみな真新し今日の月
14. 名月や己が家路の影伸びて
15. 縁側に腰を据うるや今日の月
16. 名月を追ひ掛けてゆく電車かな
17. 街の灯の遠く瞬く秋思かな
18. 木歩句碑師の字やさしき秋思かな
19. 秋思ふ五百羅漢の瞳かな
20. 夕づつに母を偲びてふと秋思
21. 秋淋し波に夕日の揺るる浜
22. 故郷の両親思ふ嵐かな
23. 旧道の開拓記念碑秋思かな
24. まなうらに古里浮かぶ秋思かな
25. 舟宿に鯔とぶ海の明けにけり
26. 鯔とんで宙にとどまる夕の綺羅
27. 夕凪の湾に網船ボラ跳ねる
28. 旅の途の鯔待ちやぐら七尾湾
29. 夕映えの波間に高く鰡飛べり
30. 鰡跳ねて静まる返る防波堤
31. 草原に影も寄せ合ふ吾亦紅
32. 昨今は口紅要らず吾亦紅
33. もしかして草かと思ふ吾亦紅
34. 東雲の風の清かに吾亦紅
35. ふだん着のままで有りたし吾亦紅
36. 夕映えに重なり合うて吾亦紅
37. 暮れ初めし天地の中吾亦紅