書き込み
戻る次へ
1
1 / 1ページ
1
たわむれでも 良い
母を背負ってあげたかった
昭和20年6月5日 福岡大空襲の2週間前
極限の日本 食糧不足 その中で「ああ白いご飯が食べたい」と言って死んでいった、と聞く
「母死す 帰るに及ばず」の電報を
その母の故郷の農家の軒先で 受け取り呆然と私は立ち尽くした
母を背負ってあげたかった
昭和20年6月5日 福岡大空襲の2週間前
極限の日本 食糧不足 その中で「ああ白いご飯が食べたい」と言って死んでいった、と聞く
「母死す 帰るに及ばず」の電報を
その母の故郷の農家の軒先で 受け取り呆然と私は立ち尽くした
