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浮世絵春画Q&A

第7回 春画は老若男女、貴賤を問はず

春画は老若男女、貴賤を問はず

Q10:春画の主な用途が性生活の指南書ではなかつたとすると、やはり現代の所謂ポルノのやうに、もつぱら男性の性的興奮を誘発するための男性専用物だつたのでせうか。

A10:性を大胆露骨に描いた画像といへば、現代ではもつぱら男性が愛玩するものと思はれがちですが、江戸時代の文献や資料などを見ますと、春画の享受者層は実に幅広く、男のみならず女の愛好者も多く、しかも年齢に関係なく老いも若きも楽しんでゐました。

[図1] 本図は竹原春朝斎(たけはらしゆんてうさい)の艶本「笑本邯鄲枕(ゑほんかんたんまくら)」の内の一図。少年が艶本の春画を見ながら手淫に励んでゐます。少年の書入れ、

少年「こりや堪へられぬようになつた」

とあり、今にも達しようとしてゐます。それを若い男女が覗いて一言、

男「楽しみをるな。毛がだいぶん生えた」
女「あのやうにするとよいかいナア」
とあり、男は少年の兄あたりか。娘の方は男の性に興味津津といふところ。

[図2] 本図は月岡雪鼎(つきをかせつてい)の艶本「艶道日夜女宝記(びだうにちやぢよほうき)」の内の一図。本書は江戸時代の家庭医学書「医道日用重宝記(いだうにちようちようほうき)」の構成と文章を春画風にもぢつて艶本化したもので、面白いことに巻頭に自慰の効用と弊害を記してゐます。その理窟がなかなか面白いのでここに紹介しておきます。

自行安味法(じかうあんまのほう(自慰の法))

自慰は男女共に精力を損じると云はれるが、血気(けつき)が体中を廻らなければかへつて病気になるものだ。常に五臓(ござう)の血気が活動すれば血がよく廻るので、腎水(じんすい(精液))は腐ることがない。淫乱な女が言ふには、自慰は血気を廻らせよく気持ちを慰めるので、貞節を破ることを防ぎ、興奮した陰中を緩和するには、自分に合つた張形(はりがた)を用ゐればよいと。しかし自慰の困つたことは、自慰によつて交合を想像しても抱き付く相手がないこと。また専(もつぱ)ら手に力を入れるので為過(しす)ぎると肩がこり、鍼や按摩を頼まなくてはならなくなり、助兵衛な情人を作るやうになることもをかしい。

そしてまづ張形を用ゐた女性の自慰の法をいろいろと図解してありますが、ここに紹介したのはその最初の図で、少女が春画を見ながら自慰してゐる図です。
その詞書には次のやうにあります。
初心の女はまづ枕絵を見て気持ちをうるほし、気分が出てきた時に小さな張形などでそろそろと道を開ければ、自然と気が行つて新婚初夜に苦痛を感じることはない。


[図3] 本図は菊川秀信(きくかはひでのぶ)の艶本「風流三代枕(ふうりうさんだいまくら)」の内の一図で、女性が春画を見ながら張形を使つてゐる図です。書入れを読むと、

女「ありがたい身分だけれど、一生奉公(いつしやうぼうこう)はこれが自由にできない。この絵の女がうらやましい」

とあります。「一生奉公」とは、幕府のお目見え以上の武家の奥女中のことです。お目見え以上の武家の奥女中ともなると、身分は高いが宿下がりすらあまりできず、結婚も異性との付き合ひもできませんでした。さうした奥女中に張形や春画艶本を届ける小間物屋が描かれた浮世絵春画もありますが、おそらくさうしたことは暗黙の諒解だつたのでせう。

[図4] 本図は鳥居清信(とりゐきよのぶ)の組物「閨屏風(ねやびやうぶ)」の内の一図。遊里の一室でせうか、頭巾(づきん)をかぶつた老人が全裸になつて横たはり、絵巻の春画を見ながらニヤニヤしてゐます。その後ろに横坐りした遊女も老人の横腹に頬杖(ほほづゑ)をつきながら、同じやうに春画に目をやつて頬笑んでゐます。しかし肝腎の老人の一物は縮こまつたまま。それを見て禿(かむろ)はをかしさを堪へてゐます。老人による春画のかうした楽しみ方も、江戸前期の遊里にはあつたのでせう。

 浮世絵春画の庶民への普及に関しては、当時の貸本といふ制度が大いに関与してゐました。いくら版画や版本が肉筆画より安価だとはいへ、普通の庶民が次次と新版の版画組物や版本を買ひ揃へるわけにはゆかなかつたでせう。そこで調法がられたのが、各家を廻つて安い貸料で本を置いてゆく貸本屋でした。貸本屋は必ずといつていいほど新版の艶本を携へてをり、客の求めに応じて置いていつたのです。そして貸本屋との交渉は多くその家の女主人や娘でしたから、浮世絵春画は庶民の女性たちの目にも馴染んでゐたのです。

[図5] 本図は勝川春潮(かつかはしゆんてう)の艶本「艶図美哉花(えどみやげ)」の内の一図。出入りの貸本屋がやつてきて、母親と娘に本を見せてゐる場面です。貸本屋が開いて見せてゐる本は、その図柄から見て春画入りの艶本。

貸本屋「これはどうでござりませう。いいものでござりますよ」
娘「わたしは嫌いよ」
貸本屋「嘘ばつかりおつしやる。お前にはこれがいい」
娘「あれを見てよ、お母(つか)さん」
どうもこの貸本屋は商品の春画本で娘を口説いてゐる様子。次のページには母親の目を盗んで、首尾よく娘を口説き落としてゐる図が続いてゐます。

[図6] 喜多川歌麿の艶本「会本色能知功佐(ゑほんいろのちぐさ)」の内の一図。部屋の隅にたくさんの本を包んだ大きな風呂敷が解かれてゐますから、この男はやはり出入りの貸本屋と知れます。一方、女は尼さんのするやうな頭巾をしてゐますが、次の書入れを読むとこの家の後家と知れます。

貸本屋「お前の旦那に私が似てをりましても、また一物はよつぽど違ひますよ。アヽすばらしい」
後家「本屋どの、モウモウどうにでもしてくだされ。久しぶりでよい男の手にかかります。アヽ」
貸本屋「浄瑠璃本(じやうるりぼん)より歌麿が筆の枕草紙(まくらざうし)を御覧なさりませ」
…………………………
女中「おりよどん、静かに。まアここでよく聞きなよ。うまくゆきました」

 画中には春画は描かれてゐませんが、貸本屋の書入れに「浄瑠璃本より歌麿が筆の枕草紙を御覧なさりませ」と、この本の絵師である歌麿が自分の枕本の宣伝をしてゐるところが歌麿らしい。春画本は多くこのやうにして一般家庭の女性たちの目に届いてゐたのです。

 江戸時代の川柳には若い男が春画を見る句が当然のやうにありますが、娘や奥女中から女房や後家まで、様ざまな女性たちが春画を見てゐる句もたくさんあります。江戸時代の女性たちが春画を見てゐる具体的な記録としては、江戸末期ではありますが、森鴎外(もりおうぐわい)の自伝的作品『ヰタ・セクスアリス』の内に、江戸から遠く離れた城下町津和野(現島根県)において、一般の女性たちが春画を見てゐる情況が記されてゐます。ある昼下がり、少年の鴎外が通ひ慣れた知り合ひの家に入つてゆくと、二人の女性が忍び笑ひをしながら春画本を見てをり、少年鴎外にその本を見せて笑つたといふ場面です。

[図7] 先にも紹介した竹原春朝斎(たけはらしゆんてうさい)の「笑本邯鄲枕(ゑほんかんたんまくら)」の内の一図ですが、冬の夜、炬燵に入りながら二人の女性が仲よく巻物の春画を見てゐる図です。所謂ポルノには男が一人密かに見るものといつたイメージが強いやうに思はれますが、浮世絵春画では、意外かも知れませんが、女性が一人で、また二人で春画を楽しんでゐる図柄にしばしばお目にかかります。本図などはまさに鴎外(おうぐわい)の『ヰタ・セクスアリス』の一場面を彷彿とさせるものがあるでせう。

 武家と春画の関係については、先にも紹介したやうに江戸幕府の御用絵師を務めた狩野派の教科書であつた『画筌(ぐわせん)』に、「好色春画之法」が示されてゐることからも察せられるやうに、武家にも春画が広まつてゐました。江戸研究家の三田村鳶魚(みたむらえんぎよ)(1870~1952年)は『阿武奈絵(あぶなゑ)』の中で、「諸大名・諸旗本の嫁入りには、きつと十二枚つづきの笑ひ絵を持つていく。これは立派に表装されて、巻物二巻になるのがお定まり。……今日でも六七百年前の古物が残つてゐる。もつと新しいのならば、大名華族の家家には、随分沢山秘蔵されてゐる」と書いてゐますが、確かに今でも江戸期の立派な武家伝来の肉筆春画が出てくることがあります。また鳶魚は武家と春画について次のやうな事例も報告してゐます。また諸大名・諸旗本は一代に一つ、必ず甲冑(かつちゆう)を拵(こしら)へる例があつて、その鎧櫃(よろひびつ)へ春画一巻を入れる習慣があつた。

 そしてこの習慣がやがて裕福な町人の間にも拡がり、春画を蔵に収めておくと「火災を除くる厭勝(まじなひ)」になるとされ、特に上方ではつきをかせつてい月岡雪鼎(1710~1786年)の肉筆春画が珍重されました。

[図8] 本図は溪斎英泉(けいさいえいせん)の艶本「春情指人形(しゆんじやうゆびにんぎやう)」の内の一図。良家の乳母がこの家の息子に読み書きを教へてゐる場面です。ところが書入れを読みますと、

乳母「それ御覧あそばせ。このやうに手を差し入れてをりますところが描いてござります。何と申してゐるか、書入れがござりませう。その次をはやく開けて御覧あそばせ。……この絵の上の詞書(ことばがき)にもなかなかよいことが書いてありますよ。エヽモウ、この次の絵のやうにして下され。顔が赤うなつたわいナ」

 すなはち、この乳母は春画入りの艶本を教科書にしてゐるのです。そしてどうも春画を見てゐる内に、乳母の方が先に春情をもよほしてしまつたやうです。本図は当時の良家における教育の裏話を描いてゐるのでせう。

 またかうした縁起物や魔除といつた意味ではなく、当時の一流の武家や儒者、また学者や文人たちが純粋に春画を愛好してゐた記録も事欠きません。古文辞(こぶんじ)学の祖である大儒者荻生徂徠(をぎふそらい)(1666~1728年)が春画に「老子」の一節を讃した記録がありますし、大和郡山(やまとこほりやま)藩の万能の文人家老柳沢淇園(やなぎさはきゑん)(1704~1758年)は、自らの著書に春画の効用を書き記してゐます。また同じ大和郡山藩の藩主柳沢信鴻(のぶとき)(1725~1792年)は日記に枕本を借りる話を記してをり、国学者山岡浚明(やまをかまつあけ)(1726~1780年)は春画の考証をしてゐます。さらに博学通人の幕臣大田南畝(おほたなんぽ)(1749~1823年)は自らの蔵書目録にわざわざ「好色本・春画」の項目を立て多くの艶本春画を蒐集してゐますし、自らも春画を描き艶本を出版してゐます。

 そして幕末ロシアのプチヤーチンやアメリカのペリーと直接交渉した当時屈指の頭脳明晰な幕臣川路聖謨(かはぢとしあきら)(1801~1868年)は、その日記の中に江戸城において重臣たちが菱川師宣の春画を貸し借りする話を記してゐます。そしてこの話には後日談があり、ある実直な老臣がそれを借りて帰り、すぐに二階に上がり御用の書物を読むやうに見たといふ話を聞いて、聖謨の妻が「たいへん可笑(をか)しく思ひますとともに、とてもいいお話で感動いたしました」といふ、たいへん興味深い話が伝へられてゐます。
 このやうに江戸時代には、春画は若い男や好き者の男の専用物ではなく、まさに老若男女を問はず、またその階層を見ても、長屋の庶民や地方の農民から、一流の知識人や有力な大名まで、実に多種多様な人びとが様ざまな思ひをこめて愛好してゐたのです。

[図9] 本図は勝川春章(かつかはしゆんしやう)の組物「拝開(はいかい)よぶこどり」の内の一図。まだ振袖の娘に年上の男が為掛けてゐる図。娘が手にする本の題簽(だいせん)に「会本………」とあるので、娘は艶本を読んでゐたと思はれます。二人の書入れを読みますとと、

男「お前(めへ)に大事の本を貸したから、見料(けんれう)をとらねばならぬ」
娘「お前(めへ)に借りた本は乙な本だね。本当に心持(こころもち)がをかしくなりやした」
男「はじめての時はちよつと痛いもんだから我慢してゐな。俺の一物は珍鉾(ちんぼこ)のやうだ」
娘「人が来るとわるいから早くして了(しま)ひな。何だか怖(こは)いよ。胸がドキドキしやす」
男「お前、俺がいふことをきいて幸せだ。十六にもなつて男としないと穴なしといふものになつて、一生片端(かたは)もの者になる。ほんとに俺の御蔭(おかげ)だとおもひな」
娘「わたしやアお前が本当に好きになつた。痛くとも堪(こら)へてゐやせう」

とあり、娘の読んでゐた艶本は男が貸したものと知れる。無論、男に下心があつてのこと。春画が口説きに用ゐられてゐるところが面白い。
 なほ男が「穴なし」と言つてゐますのは、かの小野小町がいかなる男にも靡(なび)かず男と交はらなかつたのは、「穴なし」だつたからといふ俗説による科白です。

[図10] 本図はすでに何度も紹介してきました鈴木春信の組物「風流艶色真似(ふうりうえんしよくまね)ゑもん」の内の一図で、群馬の伊香保温泉から江戸への帰り道の一景、農家の蚕部屋(かひこべや)における男女の一儀を描いたものです。隣の部屋から蝋燭を手にした裸の老人が覗いてゐる不思議な図柄ですので、やはり書入れを読まなければならないでせう。まづは男女二人の書入れ、

男「兄が買つてきた江戸土産の吾妻錦(あづまにしき)といふ色絵(いろゑ)を見たら、何だか変な気持ちになつた」
女「これお止(よ)しなさい。お蚕さまの前でこんなことをしたら、お蚕さまが穢(けが)れますぞえ」

 すなはち、兄の江戸土産の錦絵の色絵(春画)を見た亭主が春情をもよほし、蚕部屋で女房に一番せがんでゐるといふ設定なのです。どうも錦絵の創始者である春信の自己宣伝の匂ひがしないでもありません。
 一方、女房が両手で亭主を押しやりながら「お蚕さまの前でこんなことをしたら、お蚕さまがけが穢れますぞえ」と言つて拒否してゐるのは、養蚕を行ふ人びとの間では、蚕が繭を育む蚕棚の前で男女が媾合すると、お蚕さまが穢れて良い繭が出来ないといふ信仰があつたからです。このやうにお蚕さまにはみんな随分気を使つてゐましたので、蚕部屋の不審な物音を聞きつけたこの家の親爺が、

親爺「蚕部屋で何だか大分(だいぶん)ミシミシいつてゐるが、お蚕さまに鼠がついたのではないか」

と、蝋燭片手に覗きに来たのも尤(もつと)もなことです。
 実際、錦絵はたちまち江戸土産の代表となり、このやうな形で地方に広まつたのです。勿論その中に春画もあつたことは、今でも江戸から遠く離れた地方の由緒ある家に、江戸の浮世絵春画が伝はつてゐることから推測されます。

[図11] 本図は北尾重政(きたをしげまさ)の艶本「笑本春(ゑほんはる)の曙」の内の一図。第三回でも紹介しましたが、本書は清少納言の枕草子を春画風にもぢつた趣向で、本図の詞書には「めでたき物」として次の三つを記してゐます。

仲のよいふうふ夫婦
いくらしても腎虚(精力衰弱)せぬ人
ぼぼまらの話ぞ、笑ひを催(もよほ)していとをかし

 本図はその内「仲のよい夫婦」を描いたもので、座位の後背位で行つてゐる二人の足元には春画本が開いてあり、夫婦で見てゐたものと思はれます。

亭主「急に謀叛(むほん)がおこり山だから、昼飯とでかけ山の狆(ちん)ころだ」
女房「あれさ、忙(せは)しない。そちらを向くわな」

 亭主はシヤレの連発、「謀叛」は欲情のシヤレ、「昼飯」は昼間の房事のシヤレ、「狆ころ」は女陰のシヤレ。昼間から夫婦で春画を見ながら春情をもよほし、思はず一儀におよぶとはまさに「めでたしめでたし」といふところでせう。

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